第83章 私の好きなひと。《リーバーED》
互いに資料の海の中、向かい合って座り込んだまま。
とりあえずと目の前の片付けに勤しむ。
「引っ越しの準備、私もしようかな…」
「残業になるぞ。今日はもう上がれ」
「でも…班長が残ってするなら、私も、します。全然終わってないし」
終わってないのは本音なんだろう。
仕事ばかりでそっちに手が回っていないのは目に見えていた。
だが不意にできた南と二人だけの時間は、今の俺にはあんまり喜ばしいことじゃない。
…変に色々考えてしまいそうだ。
「仕事じゃないから、残業とは別です。好きでするだけなので」
なのにそんなことを笑顔で言われたら、突っ撥ねられなくなる。
…くそ。
南の甘さが何かわかんねぇが、こいつに甘いのは俺自身だな。
「全く。好きにしろ」
「はいっ…あ。」
「?」
溜息混じりに了承すれば、明るい声で勤しむ南の手が何かを見つけ出した。
資料の海から南が取り上げたのは、見知った古いネクタイ。
「これ…御守りのネクタイ」
南の言う通り、以前南がイノセンスの調査任務に向かった際に俺が貸した、自称御守りであるネクタイだった。
縫い込んであったメダイはAKUMAの手で割れてしまったから、外してある。
今では、何の変哲も無いボロボロのネクタイ。
「メダイはないが、それ自体思い入れあるもんだからな。まだ使えるし、取ってある」
「でも…血が…」
言い難そうに南が示したことは、確かに間違っちゃいない。
パッと見はわからないが、よくよく見れば紺色のネクタイに更に色が深い斑模様が入っている。
それは南自身の血だ。
「私の血で汚してしまいましたし…」
「元から廃れてたネクタイだ。血痕がプラスしたくらいじゃ何も変わらないさ」
根は真面目な南のことだ、引け目を感じているんだろう。
その手からネクタイを取ると、大切に折り畳む。
「それにお前をAKUMAから守ってくれた代物だ。ご利益ありそうだろ」
俺にとっちゃ、何よりも重大な意味を成す。
南の命を救ってくれた物だ、大切に取っておいて損はないはずだろ。
軽く笑って言えば、南もやがては表情を緩めた。