第82章 誰が為に鐘は鳴る
いつもは職場で無造作に一つ結びに髪を束ねている南が、何故か途中でその髪を解いた。
一体どんな心境の変化かと、科学班一同で散々片想いを抱く乙女心だなんだと盛大にからかえば、返ってきたのは冷ややかな視線だけ。
そんな昔のネタをよく憶えていたものだと、ジョニーは感心さえした。
事在るごとに南が的になることは愛されている証拠だが、本人からすれば堪ったものではないらしい。
周りがからかえば冷たい突っ込みか冷ややかな視線が返ってくるのが、彼女の常備リアクション。
そして今回も、そんな冷めた南の突っ込みが返ってくるのだろうと誰もが思っていた。
「もー、皆相変わらず飽きないよなぁ。そのネタ」
「なんだ、ネタなんですか?吃驚した」
「あはは。うちじゃいつもこんな感じで根も葉もないネタはよく飛ぶよ?ね、南」
「………」
「南?」
ふぅと息をつくアレンの隣で笑いかけるジョニーに、南の反応はない。
余程怒り心頭でもしているのか。
再びソファの下から顔を覗き込めば、口を固く結び俯く彼女の顔は。
「…南…?」
「…っ」
先程の涙顔以上に、鮮やかな朱色を称えていた。
(あ、なんかこの反応…前にも見たような…?)
以前も似たような反応を一度だけ見たことがある。
それは本部襲撃事件後すぐ、まだ負傷した体で修練場のエクソシスト達を尋ねた時だ。
ラビの勢いに任せた南への好意発言に、珍しく照れた姿を見せていた南。
あの時は仲良しだなぁくらいにしか思わなかった。
しかしはっきりと顔を赤くして俯く南は、前回のそれと比ではなかった。
長年同士として連れ添ってきたジョニーも目を見張る。
「…おい?」
「南?」
「なんだその反応…」
そしてそれは科学班として共に連れ立った彼らもまた同じだった。
予想とはまるで違う反応に驚く彼らの視線が突き刺さる。
それもまた拍車を掛けているのだろう、無言で南は更に顔を俯かせた。
表情は隠せても、耳の赤らみは隠せていない。
それが余計に視線を引き付ける。