第82章 誰が為に鐘は鳴る
涙袋の上に溜まった大粒の真珠は、やがて重力に従いぽろりと南の頬を滑り落ちた。
思わず息を呑むアレン達の目の前で、ぽろりぽろりと幾つもの感情の粒が転がっていく。
「…南、さん…?」
「え、な、何、どうしたの?南っ?」
「っ…」
泣き声一つ上げることなく、南は泣いた。
へなへなと力を失くした脚がソファの上に座り込み、ふるりと身を震わす。
「(二人共、生きてる。元気で、いてくれてる)っ…ぅ…ッ」
「も、もう大丈夫!ですから!ゾンビはいませんよッ!?」
「南〜っ!?」
静かに涙を零す南の周りで、あたふたと両手を振って必死にあやそうとするアレンとジョニー。
その騒ぎに周りが気付かないはずがなかった。
「どうしたんじゃ?」
「え?南さん泣いてるのっ?」
「あのクソモヤシ……殴る」
「ぼぼぼ暴力は駄目よ神田くん…!」
「ん?(泣いた?)」
「お?(泣いた)」
「はぁ?(泣いた!?)」
日頃職場で涙など見せたことのない南の物珍しさに、エクソシストだけでなく長い付き合いの科学班連中までもがざわついた。
一体何があったというのか。
「おいおい、何やらかしたんだぁ?ジョニー、アレン」
「オレ達の所為!?」
「ぼ、僕達は何も…!」
「でもめっちゃ泣いてんじゃねーか。南の奴」
「おーい南ー、大丈夫かぁー」
わらわらと集まってくる科学班一同に、更に慌てふためくアレンとジョニー。
どうにか落ち着かせようとジョニーが南の顔を覗き込めば、震える唇が開いた。
「よかっ…無事、だった…よかった…ッ」
「無事?無事って…」
「もしかして…僕らのこと、ですか?」
リーバーとラビの生存を知り涙する南に、しかし周りには夢に魘され現実を知った故の涙に見えたのだろう。
両手を目元に当ててめそめそと小さな声で泣く南は、ほとんどと言っていい程見かけたことのない姿だ。
なのに驚きよりも何故か心が温かくなるのは、素直な感情を彼女が溢しているからだろうか。