第82章 誰が為に鐘は鳴る
ソファの背を掴む手に、嫌な汗を掻きそうになる。
「どうしたんですか?もうゾンビ化した人はいませんよ、安心して下さい」
アレンの声も耳には留まらない。
ゾンビ化は間逃れても、彼らが酷い負傷していれば意味がないのだ。
「…ぁ、アレン…」
「? はい」
「あの…二人、は…?」
「二人?」
恐る恐るアレンへと向けられた南の目は、不安に満ち溢れていた。
思わずアレンも身構えてしまう程に。
『だからさぁー、それじゃ大して変わんねぇって!』
ぴくりと、南の唇が動きを止めた。
微かに聴こえた、捜して求めていた声を耳に。
「そうか?合間に睡眠取ってんだから、充分休息だろ?」
今度ははっきりと届いた、望んでいたもう一つの声。
俯きがちだった顔が上がる。
ゆっくりと上げた視線に、捉えたのは研究室の扉。
「15分睡眠のどこが休憩さ…もちょっとマシな方法考えろよ…はんちょ、頭いんだろ」
「ハイハイ、今度考えとくよ。それより急いで箱、作るぞ。これじゃあいつまで経っても終わりが見えない」
大量の平たい段ボールの束を抱えた高身長の二人組が、雑談混じりに研究室へと入ってくる。
呆れ顔の赤毛の青年に、手を振ってあしらいながら段ボール箱を組み立てていく小麦色の髪の男性。
真っ黒な右目の眼帯も、真っ白なくたびれた白衣も、何一つ変わらない彼らを成すもの。
多少の手当ての跡は二人共に見受けられるが、南程の重傷者には見えない。
ぽんぽんと軽い言葉を交わしていく様が、何より健康な証だった。
「………」
「…南さん?」
「あれ。どうしたの、固まったの?南」
「また夢に落ちた訳ではあるまいな…」
二人を見つめる南の微動だにしない姿に、アレンとジョニーとバクの視線が向く。
それでも唖然と丸くなった目は、ただただ二人だけを見つめていて。
「……っ」
じわりと、目の縁に浮かんだのは透明な真珠だった。