第82章 誰が為に鐘は鳴る
「南?どうしたの、大丈夫?」
南の不穏な気配を感じ取ったのは、長年同士として連れ添ってきたジョニーだった。
ソファの上で俯き座り込んでいる南の傍で、腰を屈めて下から見上げる。
「やっぱりどこか怪我しましたか?」
「えっそ、そうなの?ごめんよ南っそういうの我慢しなくていいからッ」
同じに心配そうに伺ってくるアレンに、慌てふためくジョニー。
二人の姿をじっと見つめたまま、南は服の胸元を握り締めた。
二人はどう見ても、南のよく知っているジョニーとアレンだ。
これもまた夢のようには思えない。
「…二人は…憶えて、ないの?」
「え?」
「何が?」
「…ゾンビウイルス…コムビタンDに、皆が感染してしまったこと…」
恐る恐る問い掛ければ、ぽかんと二人の目が瞬く間に丸くなる。
やはり憶えていないのだろうか。
となるとどちらが果たして幻覚だったのだろうか。
(あれは夢だった?)
胸元を掴む手に力が入る。
もしゾンビ化事件が単なる夢だとすれば、あれは全て無かったことになるのだろうか。
教団に強い怨みを抱きながらも、一人の人間の為に全てを許した亡霊の彼女も。
思いも行き場も失い、彷徨いながらも寄り添ってくれた哀しき魂の彼も。
危機的状況の中でも弱音一つ吐かず、最後まで抗い盾になってくれた彼らも。
そして、優しく呼び掛けてくれた、切望し続けていたあの声も───
「ゾンビウイルスですか?世界が引っくり返ったって忘れませんよ、あんな奇天烈な事件」
「寧ろ忘れたいけどねー。ゾンビ化して教団を数日間も彷徨ってたなんて」
(………ん?)
「あの時もこうして落下してきた障害物から、咄嗟に南さんを庇ったんですよね」
「そうなの?」
「うん。あの時は机とか椅子とか、本よりずっと大きな物だったから咄嗟にイノセンスを発動させましたけど」
(んん?)
「うへー!そんなことあったんだ!大変だったなぁアレン」
「大変だったのは南さんですよ。だって」
「ち、ちょっと待って!」
「なんですか?」
「どうしたの?」
思わず二人の掛け合いを阻止してしまう。
今、二人はなんと言っただろうか。