第82章 誰が為に鐘は鳴る
「ごめーん!大丈夫かい?二人共っ」
「うん。でも気を付けて、ジョニー。重い物は僕が運びますから」
「あはは、まだ少し体力が戻ってないみたいで。これくらい、オレだって運べるんだよ?」
高い本棚の梯子を慌てて降りてくるのは、南の同期であるジョニー。
よれよれの白衣姿に分厚い眼鏡に首に掛けたヘッドフォン。
いつもの見慣れた、親しい彼だ。
「神田、こっち運ぶの手伝って。私とミランダだけじゃ人手が足りないの」
「チ。わぁったよ」
「ご、ごめんなさいね、神田くん…」
遠くからひらひらと手を振ってくるリナリーと申し訳無さそうにスカートの端を握るミランダ。
彼女達の周りには、化学薬品やら機材やらが詰め込まれた段ボール箱が並んでいた。
「…え…」
見覚えがあった。
大きな照明も、高い本棚も、薬品の数々も。
ゴーン、ゴーン
聴き慣れた鐘の音。
それは科学班の研究室に設置されている、大きな古時計が時刻を指し示すベルだ。
「うえー、もう2時かよ…」
「そりゃ夢の中に浸ってたって可笑しくねぇよな」
「大丈夫かー?南」
「…皆…?」
各々段ボールに荷物を片付けながら声を掛けてくるのは、見知った科学班の職場仲間。
「神田の言う通り、眠いなら部屋戻って寝ろよ」
「そーそー。お前は引越し準備手伝わなくていいからよ」
「引っ越し…準備…?」
憶えがある。
それはつい先週の出来事だった。
夜中の2時まで追われていた、黒の教団全ての引っ越し準備。
科学班は特に荷物が多く人手も足りていない為、エクソシストであるアレン達が手伝ってくれていた。
その中で起きた悲劇。
(え?あれ?コムイ室長のゾンビウイルスは?あれで皆ゾンビに変わって…それで…私一人でワクチンを…作って、たんじゃ…)
悶々と考え込む。
ぐるぐると回る思考は軽くパニックだった。
あんなに鮮明な夢などありはしない。
あんなに心が引き裂かれるような出来事が、夢であったなどと。
「夢…なんか、じゃ…」
皮膚を食い破られる痛みも、触れた魂の嘆きも、大切な人を失った痛みも。
全てを夢だと片付けるには、あまりにも鮮明過ぎた。
しかし此処はどう見ても、見慣れた科学班の研究室だ。
その場にいる彼らも、ゾンビ化などしていない。