第82章 誰が為に鐘は鳴る
「お、落ち着いて、南さん。何言ってるんですか?頭でも打った?」
「ハ。寝惚けてるだけだろ。だから病室で大人しくしとけっつったんだ」
戸惑いながらも優しく声を掛けてくるアレンとは別に、低い声が小馬鹿にしたように降ってくる。
その声には聞き覚えがあった。
アレンに縋り付いたまま目線をずらせば、呆れ顔で見下ろしてくる仁王立ちの青年が一人。
サラサラの真っ黒な長髪を一つ結びにした、驚く程整った顔立ちのこれまた年下の彼。
「…神田…?」
「お前、魘されてたぞ。そんな所で寝落ちるから、大方変な夢でも見たんだろ」
「魘され…?というか神田も、私が、わかるの?」
「あ?何言ってんだお前」
「だって……あ、足は?大丈夫?硝子の破片踏んでたけど、刺さったり、してない?」
「………」
べちんっ
「あたっ」
「神田!?何手を出してんですか!」
「まだ寝惚けてるようだから醒ましてやっただけだ。いい加減起きろ」
「それならもっと別の方法があるでしょう!?南さんっ大丈夫っ?」
「う、うん。これくらい、噛み付かれた時の痛みに比べた…ら…」
頭部に落ちてきた神田の掌は、ゾンビの時に比べればまるで痛くはない。
叩かれた頭を押さえながら、南は頷き掛けた顔を止めた。
ぱちりと瞬いた目に映り込んだのは、周りに散らばっている大量の文献。
「…本?」
南とアレンを中心に放り出されている物は、どう見ても本だ。
(あれ?机と椅子は?)
万が一の為にとアレンの周りを固めていた、バリケード代わりの机や椅子は何処にもない。
ぐるりと辺りを見渡せば、南の目は更に丸くなった。