第82章 誰が為に鐘は鳴る
「南さん」
バサバサと何かが滑り落ちていく。
呼び掛けてくる声は、すぐ傍でした。
「大丈夫ですか?」
「っ…?」
瞼が重い。
どうにかこじ開けるように両目を開くと、眩い光が入り込んだ。
眩しくて目を細める。
どうやら目に響いたのは、天井の大きな照明らしい。
頭部をずらして光を遮った目の前の顔が、心配そうに覗き込んでくる。
「南さん?」
「…アレン…?」
光を反射するような真っ白な髪。
逆光でも辛うじて見える左眼の上を走る赤いペンタクル。
仰向けに伏せている南の体の上に、跨るようにして両手を脇に付いている。
紳士なアレンにしては珍しい格好だ。
「痛いところはない?平気ですか?」
「痛い、ところ…?別に───」
言いかけてはっとする。
痛くないのは、アレンが庇ってくれたからだ。
何故こんな可笑しな体制でいるのかにも合点がいった。
崩壊した瓦礫全てを背に受けたのは、目の前の年下の少年。
「なんだかデジャヴみた」
「アレンはッ!?」
「へ?」
「大丈夫!?怪我とか…ッ」
へら、と笑うアレンに勢い良く南が飛び付く。
いくら体を鍛えているエクソシストと言えど、鉄の塊が雪崩のように落ちてきては無傷でいられない。
あたふたとアレンの体をあちこち見回す青い顔の南に、少年はまた気の緩い顔で笑った。
「大丈夫ですよ、これくらい。それより南さんに怪我がないみたいで。よかった」
「よくない!全然よくない!やっとアレンと話せたのに…!」
「? 話せた?」
「やっと正気を取り戻したのに…!ここでまたアレンを失ったら、私…私…っ」
「え、え?南さん?失うって…何、言って」
「そんなの嫌ぁー!」
「えぇえええ!?」
泣き付くように胸に縋る南に、アレンは目を白黒させながら仰天した。
布手袋をした手が、彼女の肩に手を置くべきか否かぎこちなく固まっている。