第82章 誰が為に鐘は鳴る
アレンを囲っていたバリケードは、高く積み上げられた椅子や机。
運悪く不安定な重みをティムキャンピーが与えてしまったのだろう、ふわりとティムが宙に回避した時には遅かった。
「っ南さん!上ッ!」
「?」
鋭いアレンの声に、感極まっていた南も異変に気付く。
言われるがまま視線を上げれば、ぐらぐらと不安定に揺れる鉄や木の塊が見えた。
「逃げ───」
て、とアレンが言い切る前に。
大きく傾いたバリケードは、瞬く間に崩壊へと陥った。
「ガァウッ!」
ティムキャンピーの鳴き声が、崩壊する瓦礫の衝突音に掻き消される。
「っ…!」
咄嗟に南ができたことは、アレンの頭を庇うように抱きしめることだけ。
そうして二人の姿は、瓦礫の雪崩に呑み込まれた。
視界は暗い。
何も見えない。
恐怖で強張った体は竦み、一歩も動くことができなかった。
(嗚呼、また、だ)
アレンは縛られた体で、瓦礫の雪崩を回避することはできなかった。
目の前の出来事に振り回されず、いち早く彼の縄を解けていたらこんなことにはならなかったのに。
(やっぱり私は、弱いまま)
第五研究所でAKUMAに襲われた時のことを思い出す。
いざという時には恐怖が邪魔をして、タップのように身を呈することも、リーバーのように啖呵を切ることも、できなかった。
そこにエクソシストや科学班の垣根はない。
誰だってそうだ。
必要な時に然るべき行動が取れなければ、何も守れはしない。
(あれから、何も成長できてない)
自分の情けなさに涙さえ出そうになる。
それが堪らなく嫌で、耐えるように強く唇を噛み締めた。
(───それは違うよ)
耳元に触れたのは、優しい声。
(己の血を流すだけが、痛みに耐えるだけが、強さじゃない)
(自分を犠牲にすることだけが、誇れる行為じゃない)
(信じて)
(気付いて)
(その先に在ったものを)
(今まで君が見てきた、尊い者達を)
知っている声だった。
聞いたことがある声。
問い掛けるまでもなかった。
知っていたからだ。
尊く儚い、背中を見送った彼らの名は───