第82章 誰が為に鐘は鳴る
「椎名っ?何を───」
「今の神田なら嗅覚も人並み外れてるはず…っ神田!これわかる!?アレンのだよ!」
「い、犬じゃないんだぞ…」
思わず呆れ顔で傍観してしまうバクの目の前で、南は脱いだ団服を神田の顔に押し付けた。
"アレン"の名を聞いた途端、ぴたりと神田の動きが止まる。
やはりと悟った南は、急いで押し付けた団服を丸めた。
「取ってこーい!!」
ぶんっと放り投げた先は暗い通路の奥。
正に犬に対してコミュニケーションを取っているような南の動作に、流石にバクも呆れ果てた。
「…椎名、君、とうとう頭が可笑しくなっ」
「ガァアウア!」
「取りに行ったー!?」
それも束の間。
一目散に放り投げられた団服へと飛び掛る神田は、巨大な牙を携えたイヌ科の獣のようにしか見えない。
「よしっ相変わらず仲悪いね!良いこと!」
目の仇のように嫌っているアレンの団服をビリビリに裂いていく神田を尻目に、南は急いでその場から離れるのではなくラボ内へと向かった。
神田の手で破壊されたバリケードや機材が無残に転がってはいたが、幸運なことにワクチンを保管していた棚は無事なようだ。
ほっと胸を撫で下ろしつつ、急いでワクチンを専用のケースに詰めていく。
早くしろと外から呼びかけるバクの声をBGMに、するりとラボ内に入り込んだティムキャンピーが声を上げた。
「ガッ!ガゥ!」
「え?何?アレン?」
今ではクロスやアレン同様、ティムキャンピーの声をそれなりに理解できるようになった南。
アレンをと呼びかけるティムは、相棒である彼の身を心配しているのだろうか。
確かにここで見放してしまえば、延々柱に縛り付けられることとなってしまう。
「でも、アレンならワクチンの効き目が切れれば自力で逃げ出すんじゃ…」
「ガゥガゥ!」
「…確かに。アレンもリナリー同様、大人しいゾンビだもんね…」
逃げ出さなければ、事が解決するまでラボで足止めされてしまう。
大食漢なアレンのこと、最悪餓死もあり得る。
「わかった、逃がそう。今ならワクチンが効いてるから、ティムを見ても襲ってこないだろうし」