第82章 誰が為に鐘は鳴る
「椎名!いかんッティムキャンピー!椎名を助けなければ…ッ」
「駄目!バク支部長までやられたら本当に終わりです!支部長はこのことをアジア支部に伝えて…!」
「し、しかし…!」
「ガァアア!」
「「!」」
二人の会話に苛立ちを見せた神田が牙を剥く。
リナリーに噛まれた時とは訳が違うことは、南にもわかっていた。
それこそ肉を食い千切られてしまうかもしれない。
咄嗟にできたことは、両腕を交差させて血を滲ませている首を守ることだけ。
ガチッと鋭い咀嚼音が響いた。
ガチ、ガチ、と何度も何度も。
「…?」
反射的に固く瞑っていた両目を、恐る恐る開く。
目の前には身が竦みそうな程に威圧を放つ、ゾンビ神田がいる。
しかしその牙は南の目の前で止まっており、がちりがちりと牙を噛み鳴らしているだけだった。
(な、何?)
威圧も殺気も感じるが、痛みは襲ってこない。
襲い掛かってこない神田を前に、南は目を丸くした。
今まで神田に何度も牙を剥かれたことがあるが、彼は一度たりとも躊躇しなかった。
南への攻撃に躊躇を見せたゾンビは、今まででラビただ一人だけだ。
ラビがあの場で手を止めたのは、今思えば彼だからできたこと。
神田にラビと同様の想いが南にあるとは思えない。
寧ろ縛り付けて再度幼少化させた南を恨んでいても可笑しくはないだろう。
しかし目の前でガチガチと牙を鳴らす神田は、本能と理性が交差していたあのラビの制止に似ていた。
「か…神田…?」
恐る恐る名を呼べば、ギロリと瞳孔が開いた目が向く。
そこに理性があるようには見受けられない。
思わず南は身を竦ませた。
(何かわからないけど、この機を逃したら…!)
肩を掴んでいた手は緩んでいる。
しかし背を向け逃げ出そうとすれば、神田のこと、獲物を前にした獣のように反射的にまた牙を剥くだろう。
咄嗟に思考を巡らせると、南は着ていた自身の団服を脱ぎ捨てた。