第82章 誰が為に鐘は鳴る
「しぶちょ…何、やって」
「いくら感染しないと言っても君は一般人だろう!そんなボロボロの体で怪我ばかり負っていれば、そのうちに体力も底を尽くぞ!」
げほりと咳き込む南の腕を掴むと、バクは苦々しい顔でどうにかリナリーから目を逸らした。
「っ…行くぞ!リナリーさんは心優しき人だから、こちらから手を出さねば襲ってこないだろう!ラボはすぐ其処だ!」
く、と涙を呑んでリナリーから遠ざかる。
バクなりの決死の決断なのだろう、南はこれ以上突っ込むことなく大人しく腕を引かれることにした。
確かにバクの言う通り、リナリーはこちらから何もしなければ襲ってはこない。
ラボの近くを彷徨かれるのは多少厄介だが、脅威にはならないだろう。
なるとすれば、捕まえても尚恐ろしい子鬼状態のゾンビ神田だ。
───ガシャンッ!
「「!?」」
しかし走り抜く二人の足を止めるものがあった。
痛ましいような、物が激しく叩き付けられるような、そんな衝撃音。
「し、支部長…今の、」
「まさかだぞ…」
それは科学班のラボの内部から響いた。
ラボの中にまでゾンビが侵入していたら、逃げ場などない。
しかし一見すると、ラボの外壁は何処も破られているようには思えない。
「ティム、偵察お願い」
「ガ!」
「危険だったら逃げて…っ」
咄嗟に小回りの聞くティムキャンピーに頼めば、頼もしい金色の体は一直線にラボ内へと向かった。
が、
ガタァンッ!
ティムがラボ内に飛び込む前に、バリケードで固めていたはずの扉がぶち破られた。
破ったのは、外部からの攻撃ではない。
ラボ内部から突き出した人の足が、蹴り破ったのだ。
「し…しぶ、ちょ…今、の」
「ま…まさか、だぞ…」
さっと二人の顔から血の気が引く。
危険と見做したのか、ティムキャンピーまでもが南の肩に張り付いた。
がしゃ、と床に散らばったガラスの破片を躊躇なく裸足で踏み付けながら、ラボ内からのそりと現れたのは。
「グル…ル…」
牙を剥き低く呻る、元の成人体へと戻った神田ユウ。
「うわ…(死んだ)」
瞬間、南は死を悟った。