第82章 誰が為に鐘は鳴る
「なんて痛ましいお姿に…!うわぁああ!!」
「泣いてる場合か!近付いちゃ駄目!バク支部長は噛まれたら終わりなんですよ!」
「リナリーさんに噛まれるなら本望!」
「阿呆かー!!」
蕁麻疹を浮かばせ子鹿のように震える足でリナリーへと手を伸ばそうとするバクの頭を、南は立場など関係なしに思いっきり叩いた。
それでもバクの目はリナリーしか捉えていない。
滝のように涙を流しながら震える様は、最早アジア支部支部長の威厳も何もあったものではないが、心底想う相手の哀れな姿には彼のような反応が当然なのかもしれない。
「(リナリーは大人しい方だけど、エクソシストだから油断ならない…!)っ支部長!私がリナリーを押さえるから、支部長はラボまで走って!」
「何ィ!?リナリーさんを押し倒すだと!?」
「その頭いっぺん病院で診て貰って下さい。いいから走って!」
「ま、待て椎名!そんなことをしたらリナリーさんが…ッ」
「リナリーは、今はリナリーじゃないんですッ!」
先程まで腕ある科学者だと胸を張っていた姿は何処へやら。
おろおろと慌てふためくバクを尻目に、南はやられる前にとリナリーに挑んだ。
細い手首を押さえて動きを封じようとすれば、ふらついていただけの体が急に動きを変える。
細い指が南の手の甲に爪を立てると、ギリギリと深く食い込んだ。
「いった…ぁうッ!」
「椎名ー!?」
「いい、から…っ」
押さえるつもりが逆に壁へと押し付けられ、リナリーの牙が南の首へと食い込んだ。
顔を真っ青にしたバクが蕁麻疹を浮き立たせたまま慌てふためく。
「なんて羨ましいことを…!」
「…ほんと、いっぺん、病院行って下さい…」
以前クラウドに噛まれた時より激しい痛みは伴わなかったが、その以前に負傷していた急所。
くらりと意識が遠退きそうになる。
それでも辛うじてバクへの詰りを呟くと、急に首を締め付けられていた痛みが和らいだ。
「ごごごごめんなさいリナリーさん!」
小鹿のように震えながら懇親の力でリナリーを引き剥がしたバクが、彼女を南から遠ざけたのだ。