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科学班の恋【D.Gray-man】

第82章 誰が為に鐘は鳴る



「私も単純なんですよ、バク支部長。守りたい人がいるから、前に進もうとしていられているだけ」

「教団の皆だろう?」

「そんなマザー・テレサみたいな人間じゃないです。…伝えなきゃいけないことがあるから。その人を失う訳にはいかないんです」



ぽそりと呟く南の目は以前パンを齧るゾンビに向いていたが、その目が他の誰かを思っていることはバクもわかった。
特定の誰かを示しているのだろう、思い出しているのか、暗さを帯びる南の表情に純粋に興味を惹いた。



「ほう。誰だそれは」

「………大した話じゃないです。忘れて下さい」

「そう言われると逆に気になるだろう。大した話じゃないなら話せ」

「嫌です」

「嫌って…君、仮にも僕はアジア支部支部長なんだぞ。そういう口の聞き方は」

「はいはい。ほら、行きますよ。教団の皆を守りたいのも一緒ですから。じゃなきゃ色々な思いがここで止まってしまう」

「色々な思い?」

「いいから荷台。早く、支部長」

「ま、待て。というか何故僕だけに引かせるのだ!立場は僕の方が上なんだぞ!」

「残念ながら現場の経験値は私が上です。私に従って貰わないと、支部長もゾンビの仲間入りですよ」

「ぐぬぅ!せ、正論を…!」



すたすたと先を歩き出す南に、憤慨しながらも荷台を引き後を追う。
そのバクの目が今度ははたりと止まった。



「待て椎名」

「なん…そっちは駄目です」

「…まだ何も言ってないぞ」

「言わなくてもわかります。その血痕の跡を追ったら駄目です」



バクが目を止めたのは、複数の血痕が点々と続いている廊下の先だった。
明らかにその先にゾンビがいることは明白だろうが、南は渋い顔で首を横に振る。



「私達がこうして教団内を歩けているのは、ラビのお陰なんです。その先の中庭でほとんどのゾンビを瓦礫の外に追い出してくれたから、手間取る相手がいない」

「成程、道理で…待て。そのラビは無事ではないのか?」



南がラボで語った経緯は、中庭の崩壊で終わっていた。

ふとしたバクの問いに、南が黙り込む。
唇を噛み締めて、俯き首を僅かに横に振る。
何も語らなかったが、それで充分だった。
重く変わる南の感情が、それだけ事の深刻さを物語ってくる。

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