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科学班の恋【D.Gray-man】

第82章 誰が為に鐘は鳴る



「支部長、止まって下さい」

「なん…お、おい。そいつはまさか…」

「はい、ゾンビです」

「ですって、また近付けばウォーカーのように噛み付かれるぞッ」

「大丈夫ですよ。アレンと違って並の人間ですから。襲う力はもう残ってないはず」



バクの制止を聞かず、荷台からペットボトルとパンを一つ取り出すと、南は座り込んだ彼の傍にそれらを供えるように置いた。
虚ろな目が南を捉え、弱々しく手を伸ばしてくる。
しかしその手は老人のように覚束無く、南を捕えることができない。



「そういえば、あの警備班もそうだったな…まさか皆行き倒れているのか?」

「行き倒れているというか、まぁ。お腹減ってるだけですけど」

「は、腹?」

「よく言うでしょ。腹が減っては戦はできぬ。そりゃ何日も飲まず食わずでいたら、気力も失いますよ。はい、こっち掴んで」



弱々しい手にパンを差し出せば、細い手は餌を掴み返した。
ぼそぼそと齧り付く様は、ゾンビと言うより最早介護されている患者のようだ。



「もしや…この食料は、君達の分ではなく…」

「皆のものです。此処は教団だから、働いてる皆の食料ですよ」



当然のように言い切る南に、バクは目を見張った。
こんな騒動の中に放り込まれて日が浅いからかもしれないが、南のような思考には到底辿り付けなかった。
自分のことだけでも精一杯なのに、周りに目を向けられる南は、やはりバクが以前から知っている南の考え方だ。



「…偶に感心させられるな。君には」

「なんですか、偶にって」

「良い意味で言ったのだ、そう噛み付くな。それに随分と見ないうちに逞しくなったものだ」

「そんな大層な変化なんてありませんよ。…ワクチンを作る腕だってないのに」

「それでも一人でここまで戦ってきたのだろう?並の精神力じゃ保たないぞ」



いくら教団で働いていようとも、数百人のゾンビ相手に一人で一週間もの間立ち向かえるのは、並の人間にできることではない。
多少なりとも自暴自棄になっても可笑しくはないのに、南はゾンビとなった団員達にまで気を配っている。
ワクチンという希望はまだ見い出せていないというのに。

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