第82章 誰が為に鐘は鳴る
(今回も効いたみたいだけど、また寝落ちたってことは暴力性を抑制しただけか…)
「…椎名」
「はい?」
みたらしが付いたアレンの口元を拭いながら観察を続けていた南の目が、難しい顔のバクを捉える。
「あ。この団服はアレンのを借りてるんですよ。団服は防弾チョッキより丈夫だし、多少の怪我なら回避できるから」
「それでも散々噛み付かれていたではないか」
「あはは…どうにも頭を使うばっかりで、体を鍛えてこなかったから…駄目ですね」
「何故だ」
「?」
苦笑する南へと向けられたバクの瞳が鋭さを増す。
「なのに何故君は感染していないんだ?」
ワクチンは完成していないと南自身が断言していた。
なのに何故、彼女は正常性を保っていられるのか。
果たしてそもそも、彼女の話は全て真実なのだろうか。
生じた矛盾に疑いを晴らせないバクの疑惑の視線に、南はじっと目を逸らすことなく───
「さぁ。わかりません」
「…は?」
あっけらかんと肩を竦めた。
「わからないことはわからないんですよ。でもなんか、私平気みたいで」
「は??」
「体内で自然と抗体でもできたんじゃないですか?婦長さんの薬が効いてた間にでも」
「なんだその漠然とした答えは…信憑性がまるでないぞ…」
「私だってわかってないんだから仕方ないじゃないですか。それよりホラ、今はもっと大事なこと。食料調達です!」
「し、食料調達?」
「バク支部長を助けに行ったあの時、私食料調達してたんですよ。全部食堂の前に置いてきてしまったから、取りに行かないと。皆で仲良く餓死まっしぐらですよ」
「皆って誰だッ」
「アレンとあの乱暴者に決まってるでしょ。蕎麦与えてないと煩いんですよアレ」
「蕎麦?…ぉ、オイまさか…あの叫び声の主は…」
「神田です」
「あの鬼か!」
ほらほらとバクの背を押し部屋を出ていく南の目が、ふと天井の隅を捉える。
薄暗いラボの一角は、より一層闇を抱えているような空間。
そんな僅かな空間に迷い込むように見つけた、団栗眼の彼を思い出して。
「(もしかしたら…)彼のお陰、なのかも」
「? なんだ」
「ああいえ、なんでも」
守られている、気がした。