第82章 誰が為に鐘は鳴る
ゆっくりと開く二つの銀灰色の瞳。
血走った様子はなく、ぼんやりと南の姿を見つめている。
「瞳孔は正常。呼吸も安定。体温は…ちょっと高いかな。アレン、お尻痛くない?ちゃんとクッション使って」
固い床の上に座り込んだアレンに、何処から調達したのか、柔らかそうな大きめのクッションを勧める。
そうして呼び掛ける南は、日常と変わらずアレンへと会話を持ち掛けているようにも見えた。
───が。
「バク支部長だよ、わかる?教団に来てくれたことをティムが教え」
「ガァウア!」
「アイタ」
「椎名ー!?」
南の口からティムの名を聞いた途端、その牙は深々と南の手首に食い込んだ。
「………痛い。」
「当たり前だろう!だから危険ではないかと…!相手はウォーカーでも理性がないんだろう!?それこそ肉を食い破られるぞ!」
「ま、まぁ待って支部長。こういう時は…テレレレッテレー!みーたーらーしー」
「グァウッ!」
某猫型ロボットの声真似と共に懐から南が取り出したのは、みたらし団子が詰まった弁当箱。
途端に形相を変えてガツガツと弁当箱に食らい付くアレンの腕に、持っていた注射器をぷすりと一刺し。
「ふぅ!よし」
「よし。ではないわ!なんだその痛みを伴う投薬は!その腕は先程の亡者ではなくウォーカーにやられた跡ではないのか!?」
「やだな、支部長。アレンは優しい子だから甘噛みですよ。その証拠にホラ、歯型三つ分しか血が滲んでないでしょ?あっちの乱暴者だと奥歯までしっかり血痕残りますから」
「待てまずその感覚が可笑しいことに気付け。一人でゾンビと戦ってきた勇気は讃えるが、気が触れ掛けてないか、君…」
「やだな、支部長。私は正常ですよ。こんな所で可笑しくなる訳にはいかないし…」
綺麗にアレンが平らげた弁当箱を拾い上げて、ぽふりと柔らかな白い頭に触れる。
「この子達の方が、ずっと私より痛いし苦しいはずだから」
そう語る南の瞳は、深く暗い色を宿していた。
其処に映し出されるアレンの顔は、もう亡者のものと化していない。
投与された薬の影響か、落ち着いた表情で再び寝入るように静かに目を瞑った。