第82章 誰が為に鐘は鳴る
『ガァアア!』
「!? い、今のはなんだ!?叫んだぞ!?」
「そりゃ叫びますよ。亡者ですもん」
「亡者だと!?な、なんでそんなものが此処にいるんだ…!」
「ウイルスを作るには被験体が必要でしょう。抑制の効果が出ているかどうか、確かめないと」
ふ、と息を吐いて肩の力を抜く。
やがてテキパキと慣れた様子で試験官の液体を注射器に移すと、南は其処へと赴いた。
「…おい、椎名」
「はい」
「亡者の声はそっちからしているが…」
「はい?ですね」
「いや、…被検体と言うのなら、その亡者にその薬を使うのでは…」
「嫌ですよ、あれ乱暴ですから。今言ったら腕食い破られる」
ほら、と言って大きめの団服の袖を捲れば、深々と赤く血の滲んだ歯型が幾つも南の腕に刻まれていた。
思わずバクも顔を顰めてしまう程の、痛々しい傷跡だ。
そうして南が足を進めた先は、物音など一切しないもう一つのドア。
「それに被験体一人じゃ効果ははっきりとわかりませんから。こっちです」
「こ、こっちとは…おい、椎名。まさか其処にも亡者がいるのでは…っ」
「大丈夫、こっちは比較的大人しい子だから。ティムを見せない限り暴れませんよ」
「ティムキャンピーを、か?」
疑問だらけの頭でそれでも南を追えば、バリケードで固めて空間を狭めた隣室に、バクは見知った頭を見つけた。
両腕を後ろ手に縛られ柱に固定されて、座り込んでいる一人の少年。
項垂れるようにして俯いた真っ白な頭は、バクの知る限り教団では一人しかいない。
「ウォーカー…?」
それは確かにアレン・ウォーカーの姿だった。
「アレン。起きて。バク支部長がね、来てくれたよ」
座り込んでいるアレンと目線を合わせるようにして、屈んで膝を抱いた南が間近に呼び掛ける。
ひたり、とその手はアレンの頬に優しく触れ、起こすように軽く持ち上げた。
まるで正常者に呼び掛けるような対応だが、南はアレンを亡者の括りで話していたはずだ。
「アレンてば」
「お、おい椎名…大人しいとは言っても、ウォーカーもウイルスに…」
「…ぅ…」
「!」
「あ、起きた?」