第82章 誰が為に鐘は鳴る
「班───」
「南ッ」
尚も彼を呼び続ける南を、ラビの小さな手が強く服を引き止める。
「今は声なんて聞こえてねぇさっオレ自身そうだったからわかる。それより早く此処から避難しねぇと…ッ」
「で、でも…」
「此処でゾンビ化したら、今のはんちょだって助けらんねぇだろッ」
ラビの言う通りだ。
リーバーを思えばこそ、此処で止まる訳にはいかない。
ぐ、と唇を噛み締める南を止めたのは、ラビの言葉だけではなかった。
"一つでも多くの命を救えるか救えないか。それが問題だろ"
リーバーと離れ離れになる際に、彼が残した言葉。
厳しくも優しい、彼らしい言葉が南の心に残っていたから。
「…っ」
顔を上げ、名残惜しく目の前のリーバーを再度見つめる。
他のゾンビ化した団員とは違い、唸りもせず静かに虚ろな目を彷徨わせる姿は哀しいものだった。
しかし襲ってはこなくても、現状危険であることには変わりない。
拳を握り、ラビを連れてそっとリーバーの横を通り過ぎる。
(ごめんなさい…ッ)
こんな所にリーバーを残して行きたくない。
しかしもう仮のワクチンも残されていない南では、どうすることもできない。
押し潰されそうな気持ちを必死に堪えて、リーバーに背を向け離れゆく。
「───待て」
止めたのは、後方から響く声。
「え?」
そして、ぐっと南の腕を掴む大きな手だった。
慌てて振り返った南の目に映ったのは、ふらつき立っていたはずのリーバー。
体はこちらへと向いており、伸びた手は確かに意志ある動きで南を掴まえている。
「り…リーバー班長…っ?」
ゾンビだとばかり思っていたのは間違いだったのか。
思わず明るさを増す南の声に、ラビも驚きの顔を白衣の隙間から覗かせた。
「無事だったんさ…っ?」
「よかった!班ちょ───」
───ぐぷり
漏れたのは、奇妙で濁った音。