第82章 誰が為に鐘は鳴る
「ほら、中に入って。しっかりくっ付いててよ」
「…いえっさー」
白衣を広げて南がラビを手招く。
渋々と体を白衣の中に滑り込ませるラビを、包むようにして白衣で覆い隠した。
そうすれば小さなラビの体は忽ちに外からは見えなくなる。
「間違っても顔を出しちゃ駄目だよ」
「…これ、結構な度胸がいる気がする…」
「今は怖さは我慢してて」
「そういう意味じゃなくて、」
「?」
狭く暗い白衣の中で、南の体と密着する。
好意を寄せている相手と保つには近過ぎる距離だ。
「オレも血を被ればいいんじゃねぇかな…」
「そこまで血は足りてないの。駄々捏ねてないで、ゾンビが増える前に行くよ」
「わっわかったってッ」
時間を急ぐかのように、南が柱の影から一歩踏み出す。
慌てて腰にしがみ付き歩調を合わせるラビと共に、目の前の亡者の群へと向かった。
「グルルル…」
「ハァアア…」
間近で見れば、明らかに正気ではない各々の形相がわかる。
涎を垂らし、目を血走らせ、獲物を探す獣のように頭を垂れる。
緊迫した空気にごくりを息を呑む。
それでも吐く息も少なめに、南は恐る恐る亡者達の中へと歩み進めた。
一歩一歩、進む先をしかと見定めながら歩みゆく。
結果は南の想像通りのものだった。
廊下に密集している群達。
微かに体が触れれば目を向けてはくるものの、襲ってくる気配はない。
「ガルル…」
「…っ」
顔を近付けられ、すんすんと獣のように匂いを嗅がれる。
しかしその者達の歯が南の皮膚を食い破ることはない。
白衣に擦り付けた血の匂いがカモフラージュしてくれているのか、よたりよたりとぎこちなく進む南を同じ感染者と認識したようだ。
(よし、このままいける…!)
緊迫した空気はほんの数分。
それでも果てしなく長く感じていた時が終わりを見せる。
やがて見えてきた群の外れに自然と足が速くなるのを、南は抑えられなかった。
「───!」
それが不幸と成したのか。
群を抜け出し急いで廊下の角を曲がった南の体は、目の前にあった人物を回避することができなかった。
どん、とぶつかる二つの体。