第82章 誰が為に鐘は鳴る
ウォーキング・デッド。
ゾンビをテーマにした、かの有名な長編ドラマである。
勿論ラビの頭脳にもそれは記憶されていた。
「知ってるけどさ…それとこれと何が関係あるんさ…」
「シーズン1で主人公のリックが大量のゾンビの中を掻い潜り、建物から脱出するシーンがあるんだよ。その時、服に大量の血と腐敗物を擦り付けてたの。所謂ゾンビに扮するってことね」
「なんでそんなにドラマ詳しいんさ…南ってオレと同じでホラー嫌いじゃなかったっけ」
「ドラマはドラマ。フィクションはフィクション。現実とは別物です」
「あ、そ…てか、南の言いたいことはわかるけどさ。ゾンビは生きた人間を食らうから死人の血肉に関心を示さないってことだろ?でもあのゾンビ達はコムイの薬で理性を失ってるだけの人間さ。血肉を食らってる訳じゃない」
「………食らってたの」
「へ?」
「ジョニーが、食堂の厨房の奥で…生の肉を、食べてた」
「…は、はは…笑えねぇ冗談さ…」
「………」
「…マジで」
神妙な面持ちで押し黙る南に、ラビは堪らず青褪めた。
あの温和で明るいジョニーが生肉を貪り喰うなど、現実であっても対面したくない。
仲の深い同期である南には大きな衝撃だっただろう。
「とにかく、可能性はゼロじゃない。私もラビも感染が治った訳じゃないんだから。まだウイルスを保持しているなら、ゾンビ達も反応を示さないかも」
「でも科学班の保管室でめっちゃ襲われてなかったっけ…」
「多分、普段は普通の人と同じで目視で人間を見分けてるんだよ。血で普段の匂いを消して、諸々を総合的に考えたらいける気がする」
「南のその自信はどっからくるんさー…科学班って変なところで度胸あるよな」
己の血を擦り付け、赤く染まった白衣を再び着直す。
血の匂いを強く纏う南を呆れ半分、感心半分に見上げるラビに、南はふと口元を緩めた。
「ラビ達と一緒に働いてたらね。多少は度胸もつくよ」