第82章 誰が為に鐘は鳴る
「───うへぁ…すげぇいる」
「亡者で溢れ返ってるね…」
「この中を突っ切るのは難しいさ」
「でも他に道あったっけ」
「………」
「…ゼロ、ね」
吹き抜けの形となっている高い天井の暗い廊下。
其処で蠢くゾンビ化した団員達を眼下に、ラビと南は柱の影で肩を落とした。
暗い廊下を進み続け、辿り着いたのは亡者の巣窟。
否、亡者と化した団員達の溜まり場。
この先を行けば医薬品等の揃った医療病棟が見えてくる。
しかしその為には、この夥しい亡者達を掻い潜らなければならない。
何処を見ても隠れて進める場所などない。
段ボールか布か何か物を使って隠れて進むにしても、通路を埋め尽くす亡者に確実にぶつかるだろう。
現状は絶望的だった。
「…仕方ない…医薬品は諦めるしか…」
「何言ってんさ、まともに止血もしてねぇってのに。その体は早く手当てしないとだろっ」
「それを言うならラビもでしょ?神田に滅多打ちにされてたのに」
「オレはユウに殴られ慣れてるから平気さ」
「出た、エクソシストお得意の"慣れてる"発言」
こそこそと声を潜めながらも、ラビの口から何度聞いたか知れない言葉に南は眉を潜めた。
「血に慣れてるだの痛みに慣れてるだの戦い慣れてるだの。慣れてればなんでも許されるなんて、誰が定めた法律なの」
「そこまでは言ってねぇさ、うん…」
「言ってるも同じでしょ。エクソシストの体を大事にしないところ、私あんまり好きじゃない」
「そ、そこはホラ、オレは男だし───」
「それを言うなら、じゃあ今はラビは子供でしょ。子供は大人の影に隠れてなさいっ」
「うぷっ」
戦場に慣れていれば怪我も軽視されるなど、誰が決めた訳でもない。
しかしエクソシスト達はいつも当たり前のように己の体を盾にする。
確かに体力面からしてもその差は歴然だが、南もラビも同じ人間であることに変わりない。
イノセンスを扱えるか扱えないかの違いだけ。
その違いだけで血を流すことが彼らの常識であるなど、南にとっては非常識極まりなかった。
尚も反抗する小さなラビの体を、南が自身の背中に押し込む。
彼の言うことが正当化されるならば、この意見も正当化されるべきだ。
守るべきは、未来を持ち得た幼き子供。