第82章 誰が為に鐘は鳴る
ぐぷり、
音がする。
何かを吐き出すような、呑み込むような、奇妙な音。
音の根源を知らないのに、鳥肌が立つような。
「っとにかく、此処から早く離れよう。嫌な予感しかしないから」
「だからそういう怖がらせるようなこと…」
「いいからっ早く!」
「わ、わかったさ」
南の剣幕に押されるまま、腕を引かれラビは渋々と座り込んでいた尻を持ち上げた。
確かに、何処からゾンビが現れるとも限らない廊下の真ん中で腰を落ち着けるのは得策ではない。
「でも何処に行くんさ?ゾンビがいない場所なんて南知ってんの?」
「それはわからないけど、とりあえず今は───」
行き場を示そうとする前に、南のピンと立っていた獣耳が揺れた。
否、揺れたのは彼女の頭自身。
「南っ?」
「…っ…」
くらりと視界が揺れる。
堪らず顔を押さえて覚束無い足を踏ん張る南に、小柄なラビが慌てて支えるように寄り添った。
「どうしたんさ、傷でも痛むんかっ?」
「それは言わないでって…余計痛むから…」
言われなくても痛いものは痛い。
そしてあちこち流血したままの怪我を放っておいていいはずはない。
それは南だけでなくラビも同様に。
しかしそこは日頃戦場に立ち体を鍛えているエクソシストだからか、フラつく南に対してラビの足腰はしっかりしていた。
「怪我、手当てできる所に行こう。とりあえずそれからだ」
「…うん…」
自分より遥かに低い背丈のラビに支えて貰いながら、ずり落ちそうになっていた背中の六幻を背負い直す。
「ごめん、ラビ」
「謝る必要なんかねーって。それより南は周りにゾンビいないか、その耳で見張り頼むさ」
「ん、わかった」
小さくとも頼もしい手に背中を支えて貰いながら、辺りを黒い獣耳が探る。
暗闇の奥底から微かに響いてきたような、奇妙な音。
それはふつりといつの間にか途切れていた。