第82章 誰が為に鐘は鳴る
「だから、結果オーライ、かな」
いつかのラビが放った言葉と同じものを口にして、へらりと笑う。
そんな南に、ラビはつられて笑うことなどしなかった。
手短な説明だったが、大方のことは理解できた。
つまり南は唯一の望みを蹴ってまで、ラビを求めたということ。
例えそれが偶然の一致でも、ラビに何かを期待している訳ではなくても。
それでも今彼女の目の前にいるのは、間違いなく自分なのだ。
「………」
ならば自分にでき得ることは何か。
ぐっと強く拳を握り締めると、ラビは不意に南の後方へと目を移した。
「あれ、もう直ってんだろ」
「え?…あ、うん…でも検査書がまだ…」
「んなもん後回しさ」
スタスタと南の横を通り過ぎ、保管室の奥に立て掛けられていた小さな鉄槌を手に取る。
握ればじんわりと熱を帯びて応えてくる、我がイノセンス。
検査などせずとも、手足となってくれることは充分に伝わってきた。
「(よし)南、」
「?」
「逃げるぞ、此処から」
「え…でも外にはゾンビ化した皆が…神田もいるんだよ。すっごく怖いんだから」
「んなこと何年も前から知ってるさ。ユウはゾンビでも人間でも怖いっての」
ひゅん、と指で器用に挟んだ鉄槌を一回転させれば、忽ち小柄なラビを裕に越える大きさへと変わる。
軽々と片手で鉄槌を肩に掛けると、隣に掛けてあった六幻も手にラビは振り返った。
「ユウに渡したら厄介そうだから、これは南が持ってろよ」
「あ、うん───…重っ」
渡された六幻を受け取れば、ずしりと重力が増す。
ラビは軽々と持っていたように見えたが、とても子供が簡単に扱える重さの刀ではない。
尚且つ、手負いである南には六幻を持って歩くのもやっと。
「こ、こんな状況で逃げられるのかな…」
六幻を刀袋に入れて肩に紐を掛けながら、不安そうに壁に手を付き立ち上がる。
そんな南とは裏腹に、ラビの顔には迷いなど見当たらない。
「大丈夫、ちゃんと考えがあっから」
トン、と己の頭を指差し笑う。
「オレに任せるさ」
其処にはもう弱気な少年など、何処にもいなかった。