第82章 誰が為に鐘は鳴る
「言わないでよ。指摘されると益々痛むから」
ラビの反応を前にして、南は冷静だった。
僅かに顔を顰めるだけの所、自分の体の状態に自覚はあるのだろう。
「ゾンビ映画とかで人が噛み付かれてるシーンってあるけどさ…あれ、凄く痛いよね。よく悲鳴の一つで済ませられるよ…あ、映画だからか」
「んなこと呑気に話してる場合じゃねぇって。その怪我、ゾンビに襲われたんさ?」
「ラビも見てたでしょ、クラウド元帥に襲われたところ。あの後目が覚めて、暫く教団を彷徨ってたんだけど…途中でゾンビ化したティムに襲われて」
「ティムって…まさかティムキャンピーっ?」
「うん」
「ゴーレムまでゾンビ化してんのかよ…!」
「でも戻ったよ。婦長さんの薬のお陰で」
「へ?婦長も無事だったんさ?」
「ううん。私の退院時に婦長さんが処方してくれた薬が、どうやらゾンビウイルスを抑える効果があったみたいで。だから私もティムも正気を保ててた。…ラビもね」
オレ?と自身を指差すラビに、こくりと頷くと空になった注射器を南は床から取り上げた。
「私が薬を液化してラビの体内に打ち込んだの。そしてこの状況」
「じゃあその薬があれば外の奴らも元に戻せるんじゃ…!」
「ううん、もう薬はない。ラビに打ったのが最後の一つだった」
「え」
「本当は、ワクチンを作り出せるクロウリーに使う予定だったんだけど…まぁ、色々あって」
力無く注射器を床に転がして、溜息をつく。
そうして痛む体を堪えながら、南はラビに視線を移した。
「気付けばラビに使ってた」
微かに浮かぶ南の笑みに、ラビの隻眼が丸くなる。
「今は、こうして傍にいるのがラビで良かったって思ってるから…後悔はしてない」
扉の向こうから聞こえる亡者の声は、途切れることがない。
保管室に逃げ込んだ姿を神田に見られたのだ、その内にいなくなってくれることを願うが希望は浅いだろう。
体はあちこち噛み付かれた傷跡がじくじくと痛み続けている。
特に神田に噛み付かれた脹脛は、クラウドに襲われた首元と同時に傷が深い。
ラビの言う通り、袋の鼠状態。
ゲームオーバー寸前だろう。
それでも今共にいるのがラビで良かったと思えることだけは、確かだったから。