第82章 誰が為に鐘は鳴る
「ど、どしたん、さ…南、落ち、落ち着けって」
激しく吃りながら、ドクドクと鼓動が脈を打つ。
落ち着くのは自分の方だと内心己を叱咤しながら、ラビは包むように抱きしめられている体を微動だにできなかった。
動けば、当たる。
どこもかしこも柔らかい目の前の体に。
「だって怖かったんだもん…ずっと一人で、ゾンビだらけの教団を彷徨って…だからもう一人にしないで」
「んぷっ」
めそめそと小さな泣き言を零しながら、ラビの体を感情的に抱き込む。
現状、大人と子供とで体格差のある二人。
ぎゅうっと強く抱き込まれ、ラビの顔が押し付けられたのは柔らかい何か。
「っ…!(ラッキースケベ!!!)」
何か、ではなく。
夢にまで見た南の胸。
カカカ、と耳まで真っ赤にさせるラビの異変に気付くこともなく。
南は放すまいとするかのように、小さな体を抱きしめた。
(え、何これOKなんさ?これ手出してもOKなんさ?R18ルートでOKなんさ!?)
見た目は子供でも中身は大人。
否、若き性欲を抱えた青年である。
ドッドッと激しさを増す鼓動を抱えながら、柔らかい胸に頬を包まれながら、ラビは恐る恐る小さな手を目の前の体に伸ばした。
「だ…大丈夫、さ。一人になんかしねぇって。だから───」
兎の名をした狼である彼の手が、疚しい意味を込めて南の背中に回される。
優しく触れながら不安を解して、彼女の心に寄り添おう。
アレンではないのだ、下心を持たずして起こせる行為ではない。
煤汚れた白衣の上に重なる手。
そのまま優しく擦ろうと行動を起こして、しかしラビの手はすぐに止まった。
「…南?」
「ん…何?」
「なんさ、これ」
「何が?」
「何がって、これさ」
隙間なく触れ合っていた体が離れる。
身を放したのはラビの方だった。
赤面など消えうせ、険しい顔で目の前の南の体を凝視する。
薄暗い保管室の中ではすぐには気付かなかったが、観察眼の鋭いラビの前では暗闇もあまり意味を成さない。
隻眼で捉えた南の体は、煤以外のものもこびり付かせていた。
「体中血だらけじゃんか」
鼻を突くのは、真新しい血の臭い。