第82章 誰が為に鐘は鳴る
「なんさ、天才とか馬鹿とか───って、すげぇ体ギシギシする…」
「喧嘩したからだよ」
「喧嘩?誰と?」
『グルァアア!』
「あの声の主」
「………」
がんがんと扉に体当たりする音と共に、届くは果てしなく人ではない唸り声。
南の上から身を退き床に座り込むと、ラビは静かに顔を青くした。
「あれ…夢オチだったんじゃねぇんさ…?」
「紛れもなく現実です」
「…まじかよ…」
同じに体は軋み痛みを訴えていたが、ずっと項垂れている訳にもいかず。
南ものろのろと上半身を起こすと、力無く床に座り込んだ。
「ラビ。これ何本」
そして最初に行ったことは、ラビの調査。
「何本って…三本」
「自分の歳は」
「19だけど…」
「此処は何処?」
「何処って教団じゃ…あ!オレの鉄槌!ってことは、此処科学班の保管室さっ?」
「ん。どうやら頭は正常らしいね」
立てた三本の指をぎゅっと握り、ほっと息をつく。
ティムキャンピーだけではどうにもわかり難かったが、人語を交じえられるラビを見れば、どうやら実験は成功したらしい。
「ゾンビになってた時はどこまで記憶があったの?」
「………オレ、ゾンビになってたんさ?」
「…ゼロね」
ウイルスに感染している間は、理性も思考も記憶もどこかへ飛んでしまうらしい。
それならば殺さんばかりの勢いでラビや神田が、仲間である南を襲って来たのも頷ける。
「じゃなんでオレ戻ってんの?体はチビのままだけど…まさか南がワクチン作ったんさ!?」
「ワクチン擬き、ね」
「モドキ?」
「それは───」
『ガァアアアウア!』
状況の整理に頭が追い付いていないラビに一から説明しようとすれば、南の声を遮ったのは激しい咆哮。
『ギシャァアア!』
『グルァアウア!』
それも一つではない。
「なんさアレ…扉の向こうにエイリアンでもいんの…?」
「それより性質の悪い鬼なら確実に」
廊下を徘徊しに来ていたゾンビ達が、ラボの中へと雪崩込んできたのだろう。
尚も顔を青くするラビの隣で、南もまた顔を顰めた。
保管室の扉は頑丈な造りではあるが、これではいつまで保つか。