第82章 誰が為に鐘は鳴る
「はぁ…っは…ッ」
大した運動もしていないのに自然と息が上がる。
それは極度の緊迫状態から。
薄暗い保管室の中、南は分厚い鉄の扉を凝視し続けた。
ガリガリと扉の向こう側を頻りに引っ掻く音がする。
呻るような声と、体当たりしてくるような打撃音。
がんっがんっ
がり、ごり
不快で歪な音を耳にしながら、やがて南は力尽きたようにその場に座り込んだ。
「こ、怖い…」
力無く項垂れるラビの体は抱いたままに。
「扉、壊れないよね…?」
しっかりと錠は掛けた。
鍵も手元にある。
それでも不安を隠せないのは、相手があの鬼のような亡者だからだろう。
「よくあんなの相手にしてたよ…やられて当然だから」
はぁあ~と深い溜息をつきながら、徐に南の目が腕の中へと向く。
抱いた体は傷だらけで、目はしっかりと瞑られていて開く気配はない。
こうして意識を閉ざしている彼を見れば、とてもゾンビウイルスに感染した者のようには見えなかった。
あちこち引っ掻き傷を作りぐったりとしている姿に、ふつふつと湧いてくるのは神田に向けたものとは別の不安。
(…ラビ…)
扉にぶつかった時の衝撃はとても子供の喧嘩には思えない程、凄まじかった。
打撃の際に骨折など酷い怪我はしていないだろうか。
抱いた小さな体を、暗い視界に目を凝らしつつ見つめる。
「もう。ゾンビになっても神田にやられるところは変わらないんだから…無闇に喧嘩しないでよ」
咎めるようで、咎めてはいない。
心配するように呟きながら、ラビを抱く南の腕に力がこもる。
その動作に反応したのか。
ぴくりと、微かにラビの色素の薄い睫毛が震えた。
「…ぅ…」
「!」
小さな口から漏れたのは、人の声か。
意識を取り戻したのだろう。
食い入るように南が見つめる中、眼帯で隠された隻眼はゆっくりと開かれた。
血走ってなどいない、透き通るような翡翠色の目。
見慣れたいつもの大人びた垂れ目ではなく、大きなくりくりとした幼い目。
それは大きな反応を見せることなく、虚ろに南を見上げた。
「ら…ラビ…?」
恐る恐る声を掛けてみる。
果たして彼は正気を取り戻したのだろうか。