第82章 誰が為に鐘は鳴る
丁寧に整頓されているが、沢山の科学用品や道具類で犇めき合っている保管室。
中に踏み込めば、丁寧に管理されている神田の六幻とラビの鉄槌の輪郭が見えた。
(そうだ。あれ神田達の手に渡らないよう、隠しておかないと)
もし保管室の中に入って来られれば、イノセンスを奪われてしまうだろう。
己がイノセンスを発動して暴れられては、更なる被害を生むだけだ。
そんな元帥と同じ厄介なゾンビになられては困る。
まずは守りを固めようと、開放したままの扉を閉じるために南が振り返った時だった。
ダァンッ!
けたたましい強打音と共に、小さな影が吹っ飛んできたのは。
「…ぅ…」
「っラビ!?」
神田に飛ばされたのだろうか。
背中から保管室の扉に衝突した小さな体は、べしゃんと床に力なく落下した。
その口から漏れたのは、人の声か。
様子を伺おうと南が傍に寄れば、ぞわりと肌が粟立つ。
戦闘経験などない南にも、その殺気の出所は理解できた。
なにせ目の前からびしびしと伝わってくるのだ。
「グル、ル…」
まるで人を殺さんとばかりの強い殺気が。
「ひ…っ(ぉ、鬼がいる…)」
それは、ラビが飛んできた方角。
喧嘩の際に負傷したのか、傷だらけの顔で呻り上げるゾンビ神田がいた。
否、ゾンビの鬼。
理性を失った暴君は、最早手の付けられない凶悪ゾンビと化してしまったらしい。
堪らず喉から悲鳴を漏らし、南は鬼の目がラビから自分へと移るのを垣間見た。
このままでは再び襲われてしまう。
ぞわりと恐怖で身を震わせながら、しかし体は反射的に動いていた。
「ガァアアッ!」
「っ…!」
素早い身のこなしで突っ込んでくる神田に、南は気付けば目の前の動かないラビの体を抱きしめていた。
痛む足を踏ん張り、小さな体を抱き上げて背中から保管室へと引き込む。
襲い掛かってくる、血走った目に歯を剥き出しにした神田。
普段は美形だと謳われる顔をここまで凶悪なものに変えてしまうとは。
別の意味でコムビタンDの威力に畏怖しながら、南は渾身の力で保管室の扉を掴んだ。
バンッ…!
神田の牙が届く数センチ前。
間一髪の所で、扉は強く締め切られた。