第19章 名前の無い感情
「………」
一瞬のようで永遠のような時間。
ラビの両手を握り締めたまま、強く瞑った目を開けることもできなかった。
長い沈黙。
「はぁ…」
それを破ったのは、ラビの盛大に吐き出された溜息だった。
「南は…ほんと、アホさ」
…人が真面目に言ってるのに、アホ言った?
この兎は。
「なん───…っ」
「無理矢理あんなことして、なかったことにしようとしてんのに。なんで怒らねぇんさ。嫌いになったって、おかしくねぇだろ」
思わず抗議しようとすれば、それより先に捲し立てられる。
「怒れよ。嫌いになれよ。そしたらオレも諦めがつくのに」
顔を歪めて吐き捨ててくる。
それは私にじゃなく、自分に言い聞かせているように聞こえた。
「…怒ってるよ。散々振り回して、知らん顔なんてするから」
むっと見返して言い返す。
アホ呼ばわりされて黙ってられないし。
「でも私が一番ムカついたのは、私を見てるのに私を見てないこと」
建前の良い顔して、愛想振り撒いて。
以前のラビとは違うその笑顔に苛々してた。
…ああ、そっか。
「私は、ラビ程器用な人間じゃないからさ…色んな感情を押し殺したりできない」
漠然としていた気持ちの断片が見えてくる。
私の中に、ラビを嫌う選択肢はなかったんだ。
嫌う以上に失いたくなかったから。
それだけ…私はラビのこと、
「嫌いじゃないよ。そんな気持ちは、最初からない」
大切だったんだ。