第19章 名前の無い感情
「………」
真っ直ぐに見上げる。
感情の見えない、翡翠色の目を見返す。
沈黙。
静寂。
緊張。
───そして。
「…わかった」
ぽつりと。
その言葉は不意に、彼の口から零れ落ちた。
…え。
今、なんて?
「オレの負けさ。…待つから。南がちゃんと答え、出してくれんなら」
諦めたように肩を落とす。
でも僅かに苦笑した顔は、先程見た儚い笑みとは違っていた。
「本当に?」
「ああ」
「本当の本当?」
「ああ」
「本当の本当のほ…」
「しつけーな。ちゃんと約束するって」
不安で何度も尋ねれば、何度も彼は頷いてくれた。
見せてくれた砕けた笑みに、やっと安堵の気持ちが浮かぶ。
「オレも南の初キス、奪っちまったし。おあいこな」
「うん…ってちょっと待って。初キスってなんで決め付け」
「え?経験済み?あんな激しいの?」
「ぃ、ぃゃ…それは、………さて出口探しますか!」
テンポ良く進む会話や楽な姿勢は、やっぱりラビとだからできること。
それは居心地の良い場所だと思うけれど。
「待てって。一人で先進むと危ねぇから」
照れ隠しに踵を返せば、後を追ってラビの指先が私の服を軽く引っ張る。
直接触れてる訳じゃないのに、何気ないその動作は以前の彼と変わらないものだとわかった。
「………」
「なんさ?」
「ううん」
自然と胸が温かくなる。
何気ない動作なのに、これだけ私の心に浸透してたんだと思うと。
友とか恋人とか。
エクソシストとかブックマン後継者とか。
そんな立場全部無視しても、私にとってラビの存在は、他には変えられないものだったんだ。
それだけは確かなことだと感じることができた。
この感情にまだ、確かな名前は無いけれど。