第19章 名前の無い感情
「一人の女性として、南が好きなんさ」
どこか凛とした響きで伝えられる言葉。
その予想はしていなかった訳じゃない。
でも…ここまではっきりと想いを言葉にして告げられると、咄嗟に何も言葉なんて出てこなかった。
「でも南は男としてオレを見てなかった。わかってたのに…いや、それがわかったから。…あんなことしちまった」
くしゃりと赤い前髪を握り込んで、手で隠れた彼の顔はどんな表情をしているのかわからない。
「…ごめん。あんなこと、するつもりはなかったんさ。でも、もう…色々と遅いけど」
力なく離れた手は項垂れて、見えた顔は笑っていたけど笑っていなかった。
遅いと言って笑う彼は、なんだか諦めたように。
一歩、距離を置くように後ろに下がる彼の足。
明かりとして灯している光から離れ、暗い闇に溶け込もうとするラビの姿。
なんだかそれは、消えていってしまいそうな気がした。
───そんなの駄目。
「待って!」
咄嗟に踏み出す。
間にあった距離を縮めて彼の手を強く掴んだ。
「駄目、そんなの。遅くなんてない」
「…いや、遅いだろ。放せよ」
「嫌」
「嫌って。子供か。いいから放せって」
「い、や、です!」
腕をぶんぶんと振るラビの手にしがみ付く。
放してやるもんか。
自分の方こそ、あんなに面倒臭い絡み方いっぱいしてきた癖に。
「答え、出すから…っ」
このもやもやとした気持ちの名前を、私はまだ知らない。
ラビとどういたいのか。
友としてなのか、それとも。
「ちゃんと出すから。答え。ラビが望むものかわからないけど、ちゃんと。…だから、」
ぎゅっと両手でその手を握る。
「少しだけ…待ってて」
我儘なのはわかってる。
でも。
そんな顔で、笑わないで。
なかったことになんて、しないで。
強く目を瞑って、心の中で切望した。
お願い。
私のことも、自分のことも、全部全部消して
無難な立場で、仮面なんか被らないでよ。