第82章 誰が為に鐘は鳴る
今此処で逃げ出しても、ゾンビ化人間達に気付かれ追われるだろう。
足を負傷している今、逃げ切る自信はない。
「…っ」
痛む足を踏ん張り、南は恐る恐る扉を閉め直した。
しかし扉は全面硝子張りの透明なもの。
中に南がいることは、視覚で見破られてしまう。
そうでなくても、どたんばたんゴキンガキンと凄まじい音を立てながら取っ組み合いの喧嘩しているラビと神田がいれば、ゾンビ化人間達は音に引き寄せられてやって来るだろう。
「ど、どうしよ…」
亡者の喧嘩を止める力は到底南にはない。
巻き込まれないように距離を取りながら、南はそわそわと辺りを見渡した。
大小様々な機械が設備されているラボ。
しかし身を隠すような隙間は見当たらない。
身を隠したとしても、再びゾンビ神田に襲われてしまえば行為は水の泡だ。
「───!」
廊下のゾンビの唸り声が近付いてくる中、不安と焦りを抱える南の目に唐突に映ったもの。
それは隣接されている保管室の分厚い扉だった。
(そうだ、あの中なら…っ)
ラボの扉とは違い、真っ黒に塗装された頑丈な鉄で作り上げられた扉。
六幻を求める神田でさえも破れなかったのだ。
内側から鍵を掛けておけば、一時凌ぎにはなるかもしれない。
となれば早速。
保管室の鍵を壁に設置されたキーケースから捥ぎ取ると、荒々しく喧嘩しているラビと神田の横を恐る恐る南は通り過ぎた。
「ギシャアァア!」
「ギャシャアア!」
「だからどんな叫び声それ…ゾンビじゃなくてエイリアンだよ…」
呆れ気味に目を向ければ、暴れる二つの小さな体は舞う書類や硝子破片でよく見えない。
まるで死者でも出そうな剣幕に不安は募ったが、ここで南が手を出しても巻き込まれるだけであることは重々心得ていた。
「ほ、程々にね。喧嘩」
気休め程度に声だけ掛けて、手元は急いで保管室の解錠を行う。
カチリと回る鍵に扉を開けば、予想通り中は荒らされた形跡もなくゾンビの影は見当たらなかった。
「よし…!」
此処ならば身を潜めてゾンビ化人間達をやり過ごせるだろう。