第82章 誰が為に鐘は鳴る
「もしかして…理性、残ってる、の?」
恐る恐る問い掛けてみる。
しかし目の前のラビは僅かばかりの呻き声を上げるばかりで、元帥のように人語は話さない。
そこまでの理性は残されていないのだろうか。
それでも確かに他のゾンビ化人間とは違う反応に、南は僅かばかりに表情を変えた。
「ラビっ私のことわかる…!?もし私の声が聞こえてるなら───痛ッ!?!」
ジョニーの時には貰えなかった反応が、ラビからなら貰えるかもしれない。
そのほんの少しの希望に賭けて呼び掛ける。
しかし言い終わる前に、南の言葉は悲鳴に変わった。
「か、神田…っ!?」
原因は、背後からがぶりと南の脹脛に噛み付いている小さなゾンビ。
どうやら目眩ませ作戦は一時凌ぎにしかならなかったらしい。
「ガルル…!」
「ま、待って落ち着いたたたた!」
ギリギリと深く食い込む容赦のない噛み付きに、止めようと手を伸ばすことも儘ならない。
切なる悲鳴を上げながら両膝を床に付く。
「痛い!肉が千切れるそれ…!あだだだ!」
このままでは脹脛の肉を根こそぎ持っていかれるのではないか。
そんな恐怖さえ浮ぶ程、神田の咀嚼は手加減がなかった。
あまりの痛さに涙が浮ぶ。
「ほん、とッやめて…!」
押し退けようと無我夢中で小さな体に向かって両手を突き出し足をバタつかせるも、小さな鬼ゾンビの前では意味を成さないらしい。
憎しみを込めるような襲われ方を、何故されなければいけないのか。
神田に何かした訳でもないのに。
そんな不条理な思いを抱えながら絶望に苛まれた時。
ふっと、南の頭上を影が舞った。
ガンッ!
鈍く嫌な音が響く。
同時に、熱く鋭い痛みを放っていた脹脛の衝動が和らいだ。
「痛ぅ…ッ」
それでも焼けるような痛みが簡単に退くはずもなく、噛み付かれた足を抱いて南は床に投げ出されるように転がった。