第82章 誰が為に鐘は鳴る
「あの扉破るなんて、どんだけ馬鹿力なの…!」
普段の神田なら納得できたかもしれないが、今は幼き子供の姿をしているというのに。
そんな神田に襲い掛かられようものなら、ゾンビ化はせずとも無事でいられる気は到底しない。
危機感を感じた南が真っ先に起こした行動は一つ。
「あ!あんな所に六幻が!」
「!」
通じるかはわからないが、目眩ませ作戦で逃げる隙を作ること。
鍵の掛かった保管室を指差し言えば、さっと神田の顔も向く。
やはり六幻を求めて来ていたのだろう。
そして其処に修理を終えた六幻があることは、以前の神田も知っている。
「グルル…!」
「っ(やったっ?)」
南へと襲い掛かることなく保管室へ向かう神田に、南は今が好機とばかりに割れたラボの出入口へと向かった。
しかし。
「っ!ラビ…!」
其処で待ち受けていたのは、同じく小さな体を駆使して割れた硝子の間からラボへと侵入してきたラビだった。
「グルルァ!」
先程見掛けた時は力なく彷徨っているだけだったが、南を目の前にして獲物と判断したのか。
歯を剥き出しに襲い掛かってくる。
「っ…!」
出入口から来られては南に逃げ場はない。
ラビも体は小さくとも高い身体能力を持つエクソシスト。
絶体絶命の危機を悟った南は、守るように注射器ケースを抱きしめてぎゅっと体を縮ませた。
「…………?」
しかし。
覚悟した痛みは、いつまで経っても襲ってこなかった。
構えた姿勢はそのままに、恐る恐る強く瞑っていた目を開ける。
「ガ…ァ…」
「…え…」
忽然と消えた訳ではない。
ラビは確かに南のすぐ目の前にいた。
唸り声もゾンビ化した者のもの。
しかしそれだけなのだ。
血走った目を見開き、唸る口から鋭い歯を見せ。
今にも南に襲い掛からんという姿で、何故か微動だにしていなかった。
唖然と見つめる南の目に映る、不可思議なラビの姿。
「ガゥ…ァ…ッ」
「…ラビ…?」
それはまるで小さな体の中で何かが抵抗しているような、そんな姿。
襲い掛からんとする体を必死に止めているようにも見えた。