第82章 誰が為に鐘は鳴る
「でも飲ませるって言ってもなぁ…ティムが薬飲んだのは偶然だし、あの暴れ馬みたいなクロウリーに大人しく飲ませられるかどうか…」
「ガァ…」
「だよね…難しいよね。やっぱり」
こつりこつりと、暗い廊下に足音が静かに響く。
大事に一つだけ残ったカプセル薬をケースに戻しながら、南は悩ましい顔でううんと呻った。
暴君である神田でさえも力で潰してしまう程の、暴れる吸血ゾンビと化したクロウリー。
コムビタンDの原液を飲んだからだろうか、狂戦士であるソカロと肩を並べる程に好戦的な性格に変わってしまっていたように思える。
「だとしたら、飲ませるより液状化して体に打ち込むタイプにした方がいいかも…」
うんうんと呻りながら導き出すは、科学者らしい思考。
このまま粒状の薬として咥内に一か八かで放り込むよりも、注射器か何かで確実に体内に入れ込む方が勝率はぐんと上がる。
「うん、それがいい。固形薬なら難しいけど、これなら私でも液状化できるかも。…ティム、行き先変更。医療棟じゃなくて、科学班のラボに行こう」
「ガゥ?」
「ううん。いつもの研究室じゃなくて、新薬や化学アイテムの開発に使ってるラボの方。あそこは危険物も多いから、専門知識のある科学者以外は出入りできないようになってるの」
ラビやアレン達が気軽に顔を覗かせに来ていた研究室とはまた別の、南達科学班専用の職場。
その仕事こそが科学者としての真骨頂と言ってもいい。
「あそこなら機材も揃ってるから、薬を液状化できる。そしたらワクチン作りに一歩近付くでしょ」
「ガァッ」
どうやらティムキャンピーも賛成らしい。
ギザギザの歯が並んだ口を大きく開けて鳴く姿に、南もにっこりと笑みを返した。
ズ──…
「───!」
些細な物音を獣耳が拾ったのは、直後だった。
足を止めて振り返る南に、肩に乗っていたティムキャンピーがころんと顔を傾げる。
振り返った先には何もいない。
延々と続く真っ暗で長い廊下が広がっているだけ。
「………」
「ガゥ、」
「…何か、音がしたような……気の所為かな」
空耳だったのだろうか。
じっと目を凝らせど、もう物音は聞こえてこない。