第82章 誰が為に鐘は鳴る
「ティム?」
「ガァッ」
「ティム」
「ガァアッ」
「ティムぅ~!」
「ガァア~ッ!」
広く真っ暗な廊下の真ん中で、ぽつんと一人。
否、一人と一匹がひしりと抱き合う。
「正気に戻ったんだね…!」
涙を堪えながら、それでも感情を抑え切れずに喜び抱く南の腕の中で、人懐っこいゴーレムは尾を犬のように揺らした。
「ガァッガァアッ」
「いいよ、これくらい。ティムが元に戻ってくれたことの方が嬉しいからっ」
それでも噛み付いたことへの罪悪感は残っているのだろう。
心配そうに鳴くティムキャンピーの言葉がまるで理解できているかのように、南は笑顔のまま首を横に振った。
「婦長さんに感謝しなきゃ…ティムが薬全部食べちゃったけどね」
「ガァッ!」
「え?違うの?」
「ガゥッ」
「あっ」
それはアレンとティムキャンピーの会話の如く。
すんなりと意思疎通を熟し金色のゴーレムに導かれるまま追った南の視線が捉えたのは、床の隅に転がっている小さな白いもの。
「一つだけ…残ったんだ」
「ガァッ」
拾い上げてみれば、カプセル状のそれは運良く潰されも噛み砕かれもせず形状を残していた。
婦長特性特効薬。
ティムキャンピーに呼ばれなければ、気付かなかっただろう。
「ということは、これで私やティムみたいに誰か正気に戻せる可能性があるってこと?」
肩にちょこんと乗ったティムキャンピーを見て問えば、こくりと頷き返される。
ほんの一筋だが、見えてきたそれは希望の光だった。
「それなら試す相手は一人しかいないよね」
「?」
一体誰か、と問い掛けるように首を傾げるティムキャンピーを見つめたまま。
南は迷いなくその名を口にした。
「感染源のクロウリー」
正気に戻す方法があるのなら、真っ先に実行すべきは感染源であるクロウリーに対してだ。
彼さえ味方につけてしまえば、その血液からワクチンを幾らだって作り出せる。
クロウリー以上に最適な人物などいない。
南の案に乗ったのだろうか。
頷いたまま尾を揺らすティムキャンピーに頬を緩めると、南は再び廊下を進み出した。
今度は肩に、一匹の友を連れて。