第82章 誰が為に鐘は鳴る
きゅるるる、と切ない音を響かせる下腹部を押さえながら、再び暗い廊下を進む。
(食い意地なんて張るから…最初から大人しく医療病棟に向かっていればよかった…)
大切な仲間の散々たるゾンビの姿など。
後味の悪いものを見てしまったと、南の表情は外の嵐雲と同様、どんよりと曇っていた。
今度は寄り道などせず真っ直ぐに医療病棟へ向かおう。
そう意を決した時。
ゴーン、ゴーン
微かな真夜中の鐘の音が響く。
それをふさふさの獣耳は敏感に拾い上げた。
聞き覚えがある。
それは、日頃よく南が耳にしていた音だ。
「(これ…)…科学班の古時計」
広い科学班研究室の中央に掲げられている、大きな古時計。
一銭にもならない残業を泣く泣く強いられていた時に、その音は南の耳にこびり付いていたものだった。
つい先日、本部の引越し作業に追われていた時もまた鳴り響いていた音。
その鐘の数からしても、同じくして深夜2時を示す古時計の音色だった。
「嘘、もう丸一日経ってたの?」
クラウドに襲われて目覚めてから、体内時間はそれなりに経っていたが、まさか24時間を越えていたとは。
驚き足を止めた南は、何か思い出したようにくたびれ汚れた白衣のポケットに手を突っ込んだ。
取り出したのは、婦長に渡されていた薬のケース。
「どうしよう…さっき厨房で水貰えばよかった…」
状況が状況だが、だからといって内服薬の摂取を怠れば婦長に叱られる。
それだけはゾンビであってもなくても避けたい。
水無しでも飲めるかな、と掌に転がり乗せた薬を仕方なく口元に寄せる。
「……?」
そこで妙な勘が働いた。
「………」
ぴたりと止まる南の動き。
目の前の薬をじっと穴が空く程に見つめながら、疲労した脳で考える。
ゾンビ化したジョニー。
ウイルスを保持しながらも意識を保っている南。
同じ時に同じように噛み付かれウイルスを流し込まれた二人。
そこにある違いと言えば"これ"だ。
「…もしかして……この薬?」
まさか。
とは思うが、100%違うとも言い切れない。
もしかしたら、この薬がきっかけではなかったのか。