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科学班の恋【D.Gray-man】

第82章 誰が為に鐘は鳴る



微かな音だった。
ゴロゴロと窓の外から鳴り響く雷鳴の最中でも、南の獣耳には拾い上げられた音。

ボリボリと何かを租借する音は、南と同じで空腹を満たしに訪れた者だろうか。



(もしかして、生存者?)



理性を失ったウイルス感染者は、本物のゾンビのようになってしまう。
食事ではなく生身の人間を襲うことを第一の目的とした、屍のような生き物に変わるのだ。
となれば、この食糧を漁っているだろう者は、正常者なのかもしれない。

こつりと、南の躊躇していた足が一歩進み出た。

ばたばたと窓硝子を打ち付ける横殴りの雨の悲鳴。
ゴロゴロと雷鳴を響かせる嵐の声。



ボリ、ボリ、ガリ、



それでも途切れることなく続く咀嚼音。
それは厨房の奥、丸い硝子窓が付いたステンレス扉の向こう側から聞こえていた。

ゆっくりと扉に南の手が添えられる。
冷たいステンレス扉を押せば、音もなく開いた。

中は少しだけ空気がひんやりとしていた。
厨房より更に暗いそこには、幾つものずんぐりとした塊が立って見える。
厨房の造りなど知らないが、南はその光景を知っていた。

鼻を突くは、生臭さ。
ずんぐりと立っているそれらはよくよく見れば、牛か豚か、大きな肉塊だった。

恐らく此処は生肉を冷蔵しておく部屋なのだろう。



ぴちゃん、



水を打つような音。
停電して機能が失われた部屋では、肉の鮮度を保ち続けることができなかったらしい。
生肉から漏れた水が滴り落ちた音か。

南が音の判別をする前に、別の音が覆い被さった。

ガリ、と何か硬いものを齧るような音。
ぶちゅりと、合間に水音も立つ。



音の出所は探す間もなく、目の前にあった。



暗い生肉冷蔵室の中。
天井から吊るされている肉塊の中で唯一、床に転がっている巨大で真っ赤な霜降り肉。

その前で、何かが蹲っていた。

がつがつと食らい付くような音。
ガリ、と齧られた何かが床に放られ、からんっと音を立てる。
それは僅かに肉の欠片が残る、白い骨だった。



「…っ」



息を呑む。
南に背を向けて、座り込んだまま一心不乱に生肉を貪り食らう。

その人の姿は、どう見ても正常者には思えなかったからだ。

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