第82章 誰が為に鐘は鳴る
「……いない」
鋭い聴覚を駆使して、どうにかゾンビに出くわさずに辿り着いた食堂。
恐る恐る開放型の入口から覗けば、割れた皿や転倒した机、床に出来た幾つものクレーターのような跡はそのままに、人影は見当たらなかった。
安心したような、残念なような。
いたらいたでゾンビへの恐怖もあるが、もしかしたら同じコンティニュー者かもしれない。
食堂に踏み込めば、じゃり、と割れた器の欠片を踏む音が鳴る。
あまり長居をすれば音を聞きつけたゾンビが寄ってくるかもしれない。
それでも人気のない食堂の奥へと進んだ理由は、ただ一つ。
きゅるるる~
「…お腹減った…」
切ない腹の虫が鳴く。
耐え切れなくなった空腹からだった。
よくよく考えれば、昨夜から何も口にしていない。
詳しい時間はわからないが、目覚めてから半日は裕に過ぎているだろう。
(何か食べるもの…何か…)
ふらふらと覚束無く南の足が向かったのは厨房。
其処に行けば何かしら食糧にあり付けるかもしれない。
ウイルスには感染しているらしいが、腹は減るし眠気もある。
当たり前と言えば当たり前だろう、生きた屍化するウイルスに感染したわけではないのだ。
それは南だけでなく、教団の団員全員も然り。
(お腹満たして、どうにか仲間を見つけて…クロウリーからワクチンを、作らないと)
空腹や眠気と戦いながら、なんとか頭を回転させる。
今は暢気に寝ている場合などではない。
恐怖はあるが、じっと待っていても物事は解決しないのだ。
腹が減っては戦は出来ぬ。
まずはこの空腹を満たして、先へと進もう。
そう決意し南の手が厨房の扉を押し開いた。
廊下同様、明かりのない厨房は真っ暗闇。
暗闇に慣れた目で辺りを見渡せば、積み上げられた食器やフライパンや鍋類が見える。
厨房内でゾンビは暴れなかったのか、食堂とは裏腹に争いの跡は見当たらない。
ほっとしつつ、一歩踏み込んだ。
ガサッ
南の鋭い聴覚が拾ったのは、何かを漁るような音だった。
(え)
先客がいたのか。
思わず足を止める。
ガサ、ガサ、と何かを漁る音。
ボリ、ボリ、と何かを租借する音。
間違いない、誰かいる。