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科学班の恋【D.Gray-man】

第82章 誰が為に鐘は鳴る



✣ ✣ ✣ ✣



「グルルル…」

「ハァァア…」



ずるずると衣服や靴底を引き摺り、徘徊する足音。
喉奥から無意識に絞り出されているような、呻き声や吐息。
獲物を探す殺気のようなものまで感知できそうな程に、頭から項垂れる真っ黒な獣耳は詳細に物音を拾い上げていた。

それは扉を一枚隔てた空間であっても。

誰が使っていたかもわからない、真っ暗な個人の一室。
その部屋の隅で縮まり膝を抱いて座り込んでいるのは、この黒の教団で唯一の生存者。
椎名南であった。

ふさふさの柔らかい毛並みに包まれた、真っ黒な兎を模した耳。
この耳のお陰で、最低限だけでなるべくゾンビと化した教団の者達と出会う前に回避し、ここまで逃げて来られたのだ。
しかし閉ざされた空間に逃げ込むことはできても、教団の外に逃げ出すことはままならない。

状況は、最悪だった。



「…なんでこんなことに…」



ぷるぷると下げた獣耳を震わせながら、咽び泣く。
ぐすんと鼻を啜り、恐怖と孤独で震える体を尚一層強く抱きしめた。

何故こんなことに。
心の中で再度問う。
その問いは、昨夜からずっとぐるぐる頭の中を回り続けていた。

昨夜、深夜とも取れる時間帯。
元帥であるクラウド・ナインに噛み付かれ、ゾンビウイルスに侵され意識を失った南。
しかし何故か、再びその場で目を覚ました時には正気を取り戻していた。

何故。
疑問は湧いたが、答えを見つけ出す間もなく周りのゾンビ化人間達に追い掛けられ、脱兎の如く逃げ出した。
命からがら逃げ続けた結果、幸いにもゾンビの目から逃れ個室に逃げ込むことことができた。
そして現在に至る。

目覚めてから、長い時間は過ぎたように感じる。
それでも現状は悪化していくばかりだった。
その明確な理由が一つ。



「つ…ッ」



びきり、とクラウドに噛み付かれた首筋が痛む。
部屋から見つけ出した手鏡を覗けば、血管が不自然に青白く浮き上がっていた。
明らかなゾンビ化現象の一つだ。

意識は保っているが、完全に体は無事な訳ではない。
ゾンビウイルスに侵されたのは、疑いようのない真実だった。

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