第82章 誰が為に鐘は鳴る
「面倒くせぇ言い訳なんか使うなよ」
「煩いぞ!」
「蕁麻疹出るぞー」
「もう出てますから!バク様を煽らないで!」
どたん、ばたん。
がしゃん、ばりん。
目を見張るような吉祥文様の茶器が、騒音と共に無残に床に引っくり返り転げ落ちた頃。
やっとのことで騒動は落ち着いた。
「はぁ…は…っ」
「どうした、もうギブか。アレン・ウォーカーの修行時のウォーミングアップにもなってねぇな」
「エクソシストと一緒にするな…っ」
主にバクの体力切れによって。
荒い息をつきながら両手を床に押し付け項垂れるバクの前で、フォーが勝ち誇ったように笑う。
それもまたアジア支部では、見慣れた光景の一つとなっている。
必死に止めるのはバクの側近である、ウォンくらいだろう。
「はぁ……もういい」
「(お?)なんだ、もう降参かよ」
「お前の遊びに構っている程、僕は暇じゃない」
乱れた服を正しながら、疲れた顔でバクが身を上げる。
一人称が"俺様"から"僕"に切り替わるのは、冷静な判断を取り戻した証拠だ。
「んだよ、つまんね」
「バク様…!大人になられましたね…!」
大人しく引き下がる彼の姿は珍しく、フォーは口を尖らせ、ウォンは感激の余り涙した。
「それよりウォン。先程の話にはまだ続きがあるのだ」
「え?」
「コムイのリナリーさん自慢はいつものことだが、その会話が途中で途切れてな」
「…と、言いますと?」
「あのコムイが、リナリーさん話を途中で切ったりするか?しないだろう。…何か切らざる終えない、問題でも起こったのかもしれない……一度連絡を入れてみた方がいいか…」
切れ目を厳しく光らせ、アジア支部一だと謳われている(主に自分で謳っている)頭を働かせるバク。
散乱した書類を拾い上げながら支部長の椅子に座り、目の前の受話器を見つめる。
そんな彼に、フォーとウォンは思わず顔を見合わせた。
「…おい、ウォン」
「…なんでしょう」
(やっぱりあいつ、リナリーに会いたいだけじゃねぇのか)
(それ今は言っては駄目です)
至極真剣な顔で受話器を見つめる我らが主は、単に教団本部へ向かう口実が欲しいだけのようにしか見えない。
が、それを言ってしまえばまた乱闘となるのは目に見えていた。