第82章 誰が為に鐘は鳴る
「それ完璧アウトだろ。ウォン、こいつ警察署にブチ込んだ方がいーぜ」
「ふ、フォー!?貴様何処から湧いて出た!」
「どっからでも。アジア支部(ここ)はあたしの腹ん中も同然だ。馬鹿バクの奇声なんてBGMになってらぁ」
「支部長に向かって馬鹿とはなんだ、馬鹿とは…!俺様はこの支部一の頭の持ち主だぞ!」
「だからなんだってんだよ。あたしはバクのおねしょしてた、こーんな餓鬼ん時から知ってるってのに」
「な…ッ!」
ヴォン、と空気が振動する音がしたかと思えば、颯爽と二人の間に現れたのは小柄な桃色髪の少女だった。
文字通り、その場に瞬間移動のように現れる人間。
露出の多い服装に、色白の肌の上を走る奇怪な蒼白い紋様。
それは彼女が普通の人間でないことを一目で表していた。
名はフォー。
バクの曽祖父が作り上げた"守り神"から派生した、人型の意思を持つ結晶体である。
代々このアジア支部を護り続けてきた、強き番人なのだ。
やれやれと肩をわざとらしく落とすフォーに、ぷつぷつとバクの顔に蕁麻疹の兆候が表れる。
「ああっ!バク様、お気を静かに!」
「リナリーが気になるだけだろ?そんなに会いたいなら方舟でも使って飛んできゃいいじゃねーか。またアジア支部の支部長は遊んでるって、本部の奴らに呆れられるだけだろーがな」
「ぅう…!この…!」
「はんっお前のナマクラな腕に捕まるかってんだよ、馬鹿バク!」
「バク様!フォーはいつものことです、落ち着いて!」
怒り任せにバクが掴み掛かろうとすれば、ひらりと小柄な体が大きく飛躍し、軽々とバクの頭上を舞った。
常人ならぬ動きを見せるのは、やはり人間ではないからだろうか。
ニヤニヤとからかいの混じる笑みを浮かべるフォーに手を伸ばすバクを、後ろから慌てたウォンが羽交い絞めのように止める。
それはアジア支部では日常風景として、見慣れた光景の一つだった。