第82章 誰が為に鐘は鳴る
「教団本部の引っ越し、ですか?」
「そうだ」
中国のとある山岳奥地に位置する、黒の教団を支える組織の一つ、アジア支部。
細かな吉祥文様の施された、色鮮やかな赤い茶器がコトリと広い机に置かれる。
そこにお手製の熱いブレンド青茶を注ぎながら、ふさふさの白い髭を称えた老人───ウォンは「はて?」と首を傾げた。
ウォンの目線の先には、分厚い書類に目を通しながら茶器を手にする、金髪青目でありながら中国人の血も引く人物。
この支部で一番偉い肩書きを持つ男性、バク・チャンの姿があった。
燦々と窓辺から降り注ぐ太陽の光に、明るい金髪がきらきらと映える。
しかしその煌びやかさとは反対に、バクの顔は顰めっ面を作り上げていた。
起き抜け早々、教団の引っ越しが不可解だと彼は言うのだ。
「何を今更疑問に思うことがありますか。教団本部の引っ越しなど、前々から決まっていたことでしょう?」
「それはわかっている」
「なら何がご不満なのです、バク様」
「不満というか、聊か気になることがあってだな」
「気になること、というと?」
「昨夜コムイから電話があったのだ。引っ越しの最中だというのに…全く」
同じ歳であり、同じ中国人の血を引く男。
しかしチャン家という代々教団に関わってきた名家のバクとは違って、無名の家系でありながら若くして室長まで上り詰めたコムイ。
そのコムイをバクが昔からライバルと称してなにかと目を向けていることを、ウォンはよくよく知っていた。
「やれ引っ越しが中々終わらないだの、やれ思い出のアルバムを見つけただの、やれリナリーさんの幼き日々の可愛さだの…そんなこと知っておるわ!」
「はぁ…羨ましいんですね、バク様」
「う。」
ズズーッと青茶を啜りながら口をへの字に曲げる。
そんな彼が、コムイの実妹であるリナリーに熱い恋心を向けていることも、ウォンはよくよく知っていた。
「羨ましくなどないわ!幼いリナリーさんの可憐さなど俺様の方が知っている!こうしてアルバムにしてだな…!」
「ええ、ええ。存じ上げておりますとも」
犯罪スレスレですが、という言葉は呑み込んで。
蕁麻疹が出る一歩手前の赤い顔で憤怒する我が主を、ウォンは微笑ましく見つめた。