第81章 そして誰もいなくなった
「っ…」
ぽろぽろ、ぼろぼろと。
亡霊の大きな瞳から零れ落ちる雫達。
震える肩を竦ませ言葉無き涙を零す彼女を前に、コムイは優しく顔を綻ばせていた。
(わー、リナリーは泣き顔も可愛いなぁ)
思いっきり場違いなことを、にこにこと考えながら。
「ガァアアアッ!」
「「!」」
しかしその場に流れる空気は暖かく優しい。
それを壊したのは、お預けを喰らい苛々と血管を浮き立たせたクロウリーだった。
「で、でももう手遅れだ…ッ」
「大丈夫」
感染させた本人である亡霊の制止も利かないのだろう。
咄嗟にコムイに身を寄せ体を竦ませる亡霊に対し、コムイは口元に余裕の笑みを浮かべたまま。
「そろそろだよ」
きらん、と目を輝かせた途端。
真上から突如として落下してくる鉄の塊。
頭を失くしたコムリンEXが、体だけでクロウリーに真上から衝突したのだ。
否、真上から左腕に搭載させた巨大注射器をブスリと突き刺したのだ。
「ガッ…!カ…!」
巨大な注射器の針を後頭部に刺されて、地面にめり込むクロウリー。
それでも足掻き暴れようとした体が、不意にぴたりと止まる。
「………………ある?」
牙の生えた口元は変わらず。
しかしそこから零れた声は、確かに彼の口癖である単語。
「はれ…?…私は一体…?」
それから、確かな人の言葉。
聞き間違えなどではない。
はっきりとした人語に、亡霊は目を剥いた。
「へっ…?な、なんで…!」
『ワクチン注射完了』
「ワクチンだと…?」
「ふっ!僕をモデルとしてるロボットだよ?コムリンがワクチン如き作れない訳ないじゃな~い♪」
「いづの間に…」
『サッキ腕ニ噛ミ付イタ時ネ。血液ヲ採取シタノヨ』
地面に転がっていた頭を拾い上げ、ガチョンッと己の首の上に取り付ける。
ガチガチと軽く回すだけで接続されたのか、けろっとした顔でコムリンEXは淡々と言い切った。
クロウリーにやられたように見せかけて、実はワクチンを体内で作り上げていたらしい。
そんな意思を持つ自動ワクチン製造機など、世界の何処を探しても此処にしかいないだろう。
恐るべし、科学の力。