第81章 そして誰もいなくなった
「ぅ…ッッ…!」
ふわりと柔らかい唇を押し付けられる感覚。
しかしそれは一瞬だけだった。
すぐに鋭い痛みが南の首筋を走る。
喉を圧迫する強い力に、叫び声すら上げられない程に。
ゾンビ化したクラウドに噛み付かれた。
それを悟ると同時に全身に力が入る。
逃れようと反射的に体は意思を持ち暴れようとするものの、相手は鍛え抜かれた体を持つ元帥。
強い力で抱き竦めるようにして束縛されると、一般人の南には逃れることなど不可能だった。
「南ッ!」
クラウドに捕まり逃げ出すこともできないまま、南は自分を呼ぶ悲痛な声を聞いた。
痛みに耐えながら向けた目線の先には、ブックマンに伸し掛かられて倒れているラビの姿。
彼も絶体絶命の危機に陥っているというのに、その目は南を見て絶望に染まっていた。
「こンの…っ退けジジイ!」
「シャアァアア!」
「煩ぇさ!退け!南を助けねぇと…!」
危機に陥りながらも、自分を案じてくれている。
そんなラビの姿に胸は熱くなりながらも、痛みは増して頭がくらくらし始めた。
ぴちゃりと、耳元を掠める水の音。
噛み付かれて血でも流れているのだろうか。
「…ラ、ビ…」
血が抜け出ている所為なのか。
くらくらと思考が揺れる。
圧迫された喉に上手く息ができなくて、しかし掠れた声でもラビには届いたらしい。
「南!駄目だ変わるな…!」
小さな手が伸ばされる。
到底届かない距離であっても、応えるように南も手を差し出した。
ピキリピキリと、血管が硬直するような不思議で不気味な感覚。
涙でも滲んでいるのだろうか。
意識が薄れている所為なのか。
ぼやけた視界に映し出されたラビに向かって、大口を開けるブックマンを、南は見た。
「っ…だ、め…!」
「ぅぐ…ッ」
その制止も虚しく、ブックマンの鋭い牙はラビの肩口に噛み付いた。