第81章 そして誰もいなくなった
「出ていぐんだな…」
かさついた唇を噛み締めて、少女が幾分落ちた声で呟く。
「わだじはもうずっどこの城から出られない…」
その場に根付いている、地縛霊のようなものなのか。
人を恨み現れたのであろう、なんとなしにのその姿は想像できた。
しかし恨み現れた理由はわからない。
髪の毛も肌もボロボロだが、確かにリナリーよりも幼い少女。
11、2歳程であろうか。
その年頃に亡くなったとあらば、一体その身に何があったのか。
「この城で亡くなったのかい?」
そっと問いかけるコムイに、少女の頭は項垂れたまま。
「もう、じぶんの名前も忘れだ」
ぽつりと、身の上を零した。
「ずっとずっとむかし、どつぜんごこに連れて来られで……体をぐちゃぐちゃにざれだ」
「「──!」」
コムイの後ろで、布で口を縛られたリナリーとロブが息を呑む。
リーバーも何も言わないものの、目を見開き少女を凝視していた。
(使徒を作る実験…適合者の血筋の子か)
ただ一人、コムイだけは表情を変えずに静かに耳を傾け続けていた。
「くる日もくる日も、室長共はわだしを閉じ込めで"実験"をしだ……さびしがった。いだがった。くるじかっだ。……そしてわだしは死んだ」
誰も助けに来ることはない。
深く暗い地下牢のような部屋に閉じ込められ、イノセンスという物質との同調を強いられた。
来る日も来る日も、理由もよく把握できない幼い体を弄られ、悲しみと苦痛を与えられた。
イノセンス適合者の肉親を持ったが為に、人生を定められた。
「いいな…おまえ"もわだしと同じだったのに…」
ボロボロの髪の毛の隙間から覗くぎょろりとした目が、コムイの後方。
リナリーを捉える。
「うらやまじい…」
イノセンスに適合し、命を繋いだリナリー。
適合者に成り得られず、命を落とした少女。
そこで造られた溝は深い。
「わだしには、おまえ"のように犠牲になっでぐれる人間はいながった…」
「…っ」
妬むような低い声。
"犠牲"という言葉に、リナリーの顔が強張る。
自覚はあった。
実の兄であるコムイを、自分の所為で教団に縛り付けてしまったこと。
それは疑いようのない、確かな犠牲だ。