第81章 そして誰もいなくなった
「ぐ、エ…ッ」
「すみません…っ」
アレンの強い打撃を腹に喰らい、競り上がる嘔吐感。
「ゴボボ…ぐぷ…ぶへぇッ!」
「わ…!?」
そのまま唾液混じりの嘔吐物を、クロウリーは勢いよく吐き出した。
硬い嘔吐物はジョニーの顔へと飛び散る。
「ジョニー大丈夫!?感染しちゃう…ッ!」
「んブっ!?ふぁ、ふぁって南ッ!ふぉれ…!」
「え!?何言ってるかわかんない!」
嘔吐物がなんであれ、クロウリーの唾液が混じっているのだ。
それがジョニーの鼻や目や口から入って感染すれば大変なことになる。
慌てた南が、自らの白衣の袖でゴシゴシと強めにジョニーの顔面に付着した唾液を拭い取った。
あまりの強さに悲鳴を上げるジョニーの声もお構いなし。
何かを訴えかけているのはわかるが、今はそれどころではない。
「ふぉれ見て!ふぉれッ!」
「え?」
尚もゴシゴシと強めに顔面を拭われながら、ジョニーが主張したもの。
それは顔に掛けられたクロウリーの嘔吐物の中身だった。
ずいっと目の前に突き出されたものを映して、ようやく南の動きが止まる。
視界に入り込んだものは、日常でよく目にする極々ありふれたものだった。
「…蓋?」
それは何処にでもあるような、回転式で開閉を行う瓶の蓋。
「それが何」
「よく見て南!蓋の記載!」
「?」
ジョニーに言われるがまま、蓋に記載された記号に目を凝らす。
「あっ!」
しかしそれは一瞬だけ。
よく見る間でもない。
科学班ならば誰しもわかる、記号がそこには記載されていた。
「これ…っ」
「そうだよ!」
「? なんですか、二人共急に…」
「ガルルルルッ!」
「げふぅ!?」
「わっ!?」
「アレン!」
クロウリーが吐き出した瓶の蓋を見て血相を変える、南とジョニー。
何事かとアレンが目を止めれば、その一瞬の隙を突いたクロウリーが咄嗟の反撃に出た。
容赦のない拳をアレンの顔面に叩き付け、素早い身のこなしで暗い扉の外へと飛び出して行ったのだ。