Let's play our music!【うた☆プリ】
第18章 ペア
どこまで走ったのだろう。
自分の部屋を通り過ぎたかさえ分からない。
何も考えずにただ走り続けた結果、私はぼんやりと橋に立っていた。
涙は止まっていた。
否、乾いていたという方が正しい気がする。
頬を伝う熱いものがない代わりに、心に流れていた温かい何かも無くなっていたから。
自分の中にあった感情が全て失われたかのような、空虚感。
「…どうしようかな、約束」
神宮寺さんと交わした約束は、今じゃ私の背を押すどころか首を絞めにかかっている。
人間ってうまくいかないなぁ、なんて他人事のように思って苦笑した。
その笑いさえ、引きつっていたが。
「?こんなところで何をしているんですか」
「っ、…トキヤ」
振り向くとトキヤが目を丸くして私を見ていた。
彼がここにいるということは、自室から随分離れたところに来たということだ。
だからこそ、彼は私がここにいることに疑問を感じている。
「ちょっと、散歩」
「…?何かありましたか?」
「やだ、何言ってるのトキヤ。何もないよ?」
「…そうですか?私にはそうは見えません」
心配をかけるわけにはいかないと誤魔化し笑いを浮かべるものの、彼は訝しげに眉を寄せる。
人をよく見ているこの人は変化に敏感だ。
どうして気付くのかな、君は。
いつもならここで彼に相談するところだけれど、今回ばかりは話す気になれなくて、のらりくらりとはぐらかす。
「何があったんですか」
「何もないってば。勘ぐりすぎ」
「…なら、逃げないで下さい」
彼が1歩近づく。
私が1歩下がる。
微妙な私の後退に目ざとく気付いた彼は私を制す。
それでも追求されたくない私は足を下げ続ける。
こうして聞いてくれるのは彼の優しさだ。
でも、今はそれが辛い。
「トキヤ、しつこいよ。私は何も…っ?!」
さらに足を踏み出してきたトキヤから距離を取るために後ろに下げた足が、突然重力に引かれる。
下がりすぎたせいで橋の端にまで来ていたことに気付いていなかったのだ。
それに気付いた時は既に遅く。
身体ががくんと後ろに倒れた。
「!!!」
トキヤの焦った顔と差し伸べられた手が視界に映る。
応えようと伸ばした手が彼に触れる前に、私の身体は海に飲まれた。