第5章 あなたを追いかけて HQ 岩泉夢
「ああ――!!」
聞きなれた声で絶叫している男がいる。兄だ。
試合後とは思えないスピードで近づいてくる。途端に今の状況が頭に入り込んできて顔が熱くなるのを感じた。思わず岩泉さんと距離を取る。
兄は私の顔をまじまじと見て驚き、岩泉さんをにらみつける。
「ちょっ! 岩ちゃん! 小百合のこと泣かしたの!?」
「お兄ちゃん、違うの!」
あらぬ濡れ衣に私は弁明しようとするが、兄に制されてしまった。
「泣かしてねーよ」
別段怒るわけでもなく、普通に返す岩泉さん。
「でも、じゃあ、なんで!?」
にらみつけてる兄に臆することもなく岩泉さんは声を張り上げる。
「こまけーこといってんじゃねぇよ! オレは泣かしてねぇ!!」
私に気を使ってさっきの話をするつもりがないのか岩泉さんは何も言わなかった。
兄はさらに状況を曲解したのか、私を囲うように抱きしめて頭をなでた。
「いくらガサツで女の子の気持ちがわからない岩ちゃんでも小百合泣かすなんて!」
どうやら兄の中では岩泉さんが全面的に悪いと断定したらしい。むしろこちらが一方的に迷惑をかけてしまっただけだというのに。
「だから泣かしてねーって言ってんだろ!」
ついに怒り出してしまった岩泉さんを見て私はどちらをなだめればいいのかわからなくなってしまった。だが、一方的に誤解をしている兄を止めなければ、この話はまだまだこじれるだろう。私は意を決して兄に話かける。
「あ、あの、お兄ちゃん」
私の声はすぐに兄の声にかき消された。
「こんなことになるんじゃないかって思って岩ちゃんよけしてたのに!」
やはり、兄の今までの行動は私と岩泉さんを合わせないためのものだったのだ。そのことに幾分か腹が立ったが、激高した兄が余計なことを言い出しかねない。その前に、止めなければと声を張り上げる。
「お兄ちゃん!!」
だが、私の言葉はまるで制止の意味をなしていなかった。
「小百合のことふるなんて!」